個性  1       

個性


 −1−

セリエの子竜たちの毎日は多忙だ。
午前中は、術士であるセリエによる講義。これには、軍学を初めとする古今東西の様々な学問が
含まれる。
そして、午後は武術や竜術の訓練がある。ここ最近の課題は異種同調術であり、セリエに指名
されなかったメンバーは、庭園の片隅で主に剣術の訓練をするのが常だった。

「せいっ!」

がきっ。

「うわっ!」

胸元に鋭い一撃を受けた光竜のキレイは、その衝撃から思わず剣を取り落とした。
痺れた両手をに目を落としたところで喉下に木剣が突き付けられ、頭上から嘲りを含んだ声が
かけられる。

「相変わらず、不器用な受け方ね。ちょっと本気で打ち込むと、すぐに剣を取り落とすんだから・・・
これじゃ、肩慣らしにもならない。」
「―――――ッ!!」
「それにほら、すぐ泣くし。・・・男として、恥ずかしいと思わないの?」

唇を噛み締め、悔し涙を浮かべるキレイ。その顎が、突き付けられていた木剣によってぐいと上向きに
される。そこには、キレイのことを冷たく見下ろす暗竜アンジュの姿があった。

「どうして、あんたみたいな腑抜けが姐上の子竜に選ばれたのかしら。体力もなければやる気もないと
来てる。・・・あたしだったら、姐上に申し訳なくて顔をまともに見られない。」
「・・・・・・。」
「今からでも遅くないから、術士を変えてもらったらどう? それが、あんたのためだと思うけど。」
「そんな・・・」

セリエの子竜たちの間には、師であるセリエによって「長幼の序」が徹底されていた。すなわち、
自分よりも先にセリエに預けられた竜に対しては、「兄」や「姉」として尊重し、相応しい儀礼を尽くす
決まりとなっているのだ。
しかし、アンジュは目上であるはずのキレイに向かって、それらしい言動を示した例がなかった。それ
どころか、ことある毎に浴びせられる侮蔑の言葉は、時を追うごとにエスカレートするばかり。その
理由は、二人の性格が正反対であることだけではないようだった。
木剣を退いたアンジュは、ぷいと後ろを向いた。地面に膝をついたままのキレイに向かって、吐き
捨てるように言う。

「いい加減にして! あんたの辛気臭い泣き顔を見てると、こっちまでイライラするの。」
「アンジュ・・・」
「気安く呼ばないで! あんたが兄弟だなんて、考えるだけで吐き気がする! あたしは・・・絶対に
認めないから!!」

「・・・〜〜〜!!」

アンジュの罵声に、キレイはびくりと肩を震わせた。自らの木剣をひったくるようにして掴み、立ち
上がるやアンジュに背を向け一散に駆け出す。その姿は、本殿の建物の脇を掠めるようにして
通り過ぎ、直に見えなくなった。


  *


(あら・・・?)

定例の会議を終え、本殿から戻ってきた近衛隊副隊長の光竜エクルは、見慣れない人影を目にして
立ち止まった。
衛兵たちの兵舎の隣に、普段エクルが寝泊りしている小さな宿舎がある。その入り口のすぐ傍、玄関
ホールへと続く階段に、一人の少年が腰を下ろしているのだった。俯き、膝を抱えているため、相手の
顔を見ることはできなかったが・・・その特徴のある金髪から、相手も光竜であることが判る。

(志願兵・・・じゃ、ないわよね。どう見たって、まだ子竜だもの)

少年の抱えている木剣に目を留めたエクルは、束の間訝しそうな表情を浮かべた。
宮廷の近衛隊は、人気の職業だった。火竜族や風竜族を中心に志願者は多く、その選抜を漏れた
者は宮廷の衛兵に回される。そんな近衛隊は当然少年竜たちの憧れの的であり、今でも時折、里から
脱走同然に宮殿にやってくる「少年志願兵」の姿が見られるのだった。
もちろん、兵としての採用基準の一つに「成竜」という項目があるために、こうした少年竜たちは、
発見され次第里へと強制送還される羽目になる。いざ兵となれば命の危険に身を晒すことになるの
だから、これは当然の措置だった。事実、現在の竜王の竜術士セリエが宮殿を襲撃した際、近衛隊
からも十数人の死者が出ているのだ。
しかし、光竜とは珍しい。本来光竜族は、その穏やかな性格からしても、また扱う術の内容からしても、
あまり前線戦闘要員向きとは言えない種族だった。実際、近衛隊や衛兵として採用されている光竜の
数はごく少数であり、そのほとんどが光竜術を活かした偵察要員として活動しているのだった。
そもそも、宮殿には子竜は数えるほどしか存在しない。そしてそれが木剣を手にしているとなれば・・・
残された可能性は、一つしかない。
宿舎の玄関に歩み寄ったエクルは、少年に向かって屈み込み、声をかけた。

「キレイじゃない。どうしたの? こんなところで。」
「エクル様・・・」

顔を上げたキレイの頬は、涙に濡れていた。
しばらくの間、驚いた様子で相手の顔を眺めていたエクルは、やがてにっこりと笑った。宿舎の玄関の
ドアの前に立つと、キレイを小さく手招きする。

「いいわ。いらっしゃい。」
「あ・・・あの・・・」
「今、宮廷の会議が終わったところで、これからお茶にするところなの。・・・よかったら、付き合ってくれないかしら。」
「・・・・・・。その・・・、よろしいのでしょうか?」
「ええ。ぜひ。」

躊躇いがちに頭を下げた相手を、宿舎の中へと招き入れる。客間のソファーに落ち着き、周囲の
様子を物珍しそうに眺めているキレイに向かって、エクルが明るく話しかけた。

「ここはね、私たちが普段暮らしている家なの。もちろん、宮廷の近衛隊の事務所も兼ねているん
だけどね。」
「私・・・たち?」

キレイがエクルの何気ない言葉に首を傾げた時、客間のドアの向こうから賑やかな声が聞こえた。


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