個性
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「アンジュ。先程のキレイに対する言は、少し行き過ぎたものではなかったか?」
「兄上。」
キレイの走り去った方を眺めていたアンジュは、背後からかけられた声に振り向いた。
声の主は、長兄の火竜グレンだった。その傍らには、木剣を肩の上に担いだ恰好の三男、風竜
シデンの姿もある。
「あ奴が武術を不得手としていることくらい、存じておろう。もう少し、長い目でみてやったらどうだ?」
「そうかぁ? あいつの軟弱っぷりには、正直うんざりだぜ。」
「そうです。あのままでは、私たちの足手まとい以外の何物でもないと思いますが。」
「・・・・・・。やはり、お前たちもそう思っておったのか。」
「兄上。何か、仰りたいことがおありなのですか?」
アンジュの問いには答えず、グレンは静かに目を閉じた。
「一昨日の講義を覚えておるか? その中で、姐上が我等に投げかけられた問答があったろう。」
「問答って・・・ああ、アレか。」
「街中で三人組のならず者に難癖をつけられ、剣を抜くか相手の股をくぐるかの選択を迫られた。・・・
それが、どうかいたしましたか?」
「その時、お前たち二人は“剣を抜く”と即答したな。」
「当たり前です。そのような辱め、甘んじて受けられる訳がありません。」
「ソウガとコハクは“相手と話をする”と答え、スイランは“術を遣う”と言った。そして、キレイ一人が
“要求通り相手の股をくぐる”と答えたのだったな。」
「ふん。それこそ、腰抜けの証だろうが。」
そっぽを向いたシデンが、唾を吐き捨てる。その様子を眺めながら、グレンはゆっくりと頷いた。
「確かに、あの時は俺もそう思った。今のお前たちと同じく、あ奴の弱腰ぶりに腹が立ちさえした。・・・
しかしな。時が経ち、改めて考えれば考える程、あ奴の答えが理に適っておったのではないかと思える
ようになってな。」
「これは・・・兄上のお言葉とも思えません。相手の理不尽な要求にただ屈することが、なぜ相応しいと
言えるのですか。それは、姐上の子竜たる私たちにとって、許されぬ選択のはず。」
キッとなったアンジュが、語気鋭くグレンに迫る。しかし、グレンは静かに首を振っただけだった。
「少し考えれば、自ずと分かることだ。良いか? 相手は無頼の者・・・どのような卑怯な手段を用意して
おるか、知れたものではないのだぞ?」
「卑怯な手段・・・と申されますと?」
「例えば、三人以外の伏兵がいたら何とする? 後ろから弓で狙われたら、相手の武器に毒が塗って
あったら、我等の術を封じる何らかの仕掛けがあったなら?」
「そ・・・それは・・・」
「でもよ。相手はたかが“ならず者”なんだろ? 負ける心配をする必要は、ねえんじゃねえの?」
グレンに畳み掛けられて、言葉に詰まったアンジュは僅かに俯いた。その横から、シデンが口を挟む。
「シデン。物事をよく考えもせず、その場の感情だけで軽率な行動に出るのは、お前の悪い癖だ。・・・
戦に“確実”ということは一つもない。それは、戦場に立ったことのない我等にも容易に知れることだ。」
「けどよ、兄貴―――――」
「我等には、この国の“影”となる重要な役目がある。つまらぬ見栄のために、命を落とすやも知れぬ
危険を冒すべきではない。・・・違うか?」
「ぐ・・・」
痛い所を突かれ、顔を赤くするシデン。その様子を目にしたグレンが、宥めるように頷いた。
「無論、戦場で勇敢に戦うことを否定はせぬ。武人にとって、それは欠かすことのできぬ重要な資質で
あることも確かだろう。・・・だが、“勇猛”と“蛮勇”は紙一重であることを、同時に我等は忘れぬように
せねばな。」
「兄上・・・。」
「あの時、我等の答えを聞かれた姐上は、黙って笑われ・・・何も申されなかったな。それは、我等に
本当は何が大事なのかを考えさせ、自らその答えに気付かせようというお考えがあってのことでは
なかったのかと・・・俺は、昨日になって気付いたのだ。」
「けっ。グレンの兄貴は、理屈っぽくていけねえ。結局、なにが言いてえんだよ。」
考える表情になったアンジュとは対照的に、シデンはそっぽを向くと地面を蹴り上げた。
シデンに向き直ったグレンは、微かにその語調を強めた。
「分からぬのか、シデン。あれは、喩え話だったのだ。」
「喩え話だあ?」
「戦場で、あるいは国同士の間で、同じような状況に陥った場合。我等は、決して相手の見え透いた
挑発に乗ってはならぬ。いかなる時も冷静に状況を見つめ、最善の選択をするべきだ・・・とのな。」
「じゃあなにか? 結局、キレイのヤツが正しいってことなのかよ。」
「そのような場合も、あるということだ。」
不服そうなシデンの目をじっと見つめ、グレンは頷いた。
「お前たち二人を筆頭に、我々兄弟には勇猛な者が揃っている。かく言う俺も、血の気が多いが故の
失敗が多いのは、お前たちも知っての通りだ。いざ戦場に出た時には、ならぬと知っていながらも・・・
相手の策に乗せられてしまうかも知れぬ。」
「兄上・・・。」
「だが、キレイは違う。その選択が最善であると思ったならば・・・あ奴は、顔色一つ変えずにそれを
やってのけるだろう。それが、たとえどんなに屈辱的なことであってもな。そしてそれは、我等にはない
“強さ”と言えるのではないか。」
『・・・・・・。』
顔を見合わせるシデンとアンジュ。二人に背を向けたグレンは、傍らに立つ大樹・・・かつて、その
傍らに竜術士の始祖ユーニスが葬られたというクスノキの梢に目をやった。
「あの日、姐上は言われた。我等は、七人で一人なのだと。」
「七人で・・・一人。」
「うむ。つまり、我等はお互いの長所は認め合い、短所は補い合う努力が必要なのではないか。
キレイの武術が拙いのならば、それを我等が補えばよい。そして、あ奴の考えに、我等も学ぶべき
所があるに違いない。」
「・・・・・・。」
「得心が行ったならば、アンジュよ。今、己が為すべきことも分かっているな?」
「・・・はい。」
頭を下げたアンジュは、およそ一時間前にキレイが姿を消した、その同じ方角に向かって駆け出して
いった。
その後姿を見送っていたシデンが、勢いよくグレンの方を振り向くと大声を上げる。
「・・・ったくよ! アンジュのヤツ、わかったような顔しやがって!!」
「シデン?」
「兄貴! 言っとくけどな、オレはキレイに頭を下げるなんて真っ平ごめんだからな! やっぱ、
男は武術だろうが。どんなに頭が切れようと、剣の一つも満足に遣えねえヤツは・・・オレは
認めねえ!!」
言いながら、シデンはグレンに向かって手にしていた木剣を突き付けた。弟の表裏のない言葉に、
グレンは束の間苦笑いを浮かべた。
「お前は、そのままで良い。言ったろう、長所は認め合えと。その武は、お前の最大の長所なの
だからな。」
「へっ・・・わかってるじゃねえか。」
「それとな。その“男は武術”だがな。特にアンジュの前では、口にせぬ方が良いだろうな。無用な
諍いは、俺としてもご免被りたい。」
小さく肩を竦めたグレンが、手にしていた木剣をシデンに向かって構えた。
「ソウガたちが戻るまで、今しばらくの時があろう。シデン! いざ、もう一勝負!」
「おう! 受けて立つぜ!」