個性        4 

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「ユーニスに剣を習った四人の中で、一番剣が上手になったのはノクトだったわ。・・・これは、その
本人から昔聞いた話なんだけどね。」
「はい。」
「ノクトは、ある時ユーニスに尋ねたそうよ。将として、兵を率いるのに最も重要なものは何か、って。
・・・キレイ、あなたは何だと思う?」
「・・・やはり、勇猛さ。あるいは、果敢さといったものでしょうか。」

キレイの答えを聞いたエクルは、笑顔で首を振った。

「ユーニスは、こう答えたそうよ。“最も大事なのは、臆病なことだ”って。」
「え!?」
「そうよね。さすがのノクトも驚いたらしくて、理由を訊いたそうよ。」
「そうしたら・・・?」
「ユーニスはね、こう言ったの。“臆病でない者の、何倍も考える”って。」

しかし、臆病とは。戦場において、そして武人にとって・・・最も忌諱されるべきものではないのか。それ
なのに、北大陸一の名将と謳われたという始祖は、それが将の第一の心得だと考えていたというのだ。
じっと考え込むキレイ。その向かいで、エクルは少し遠い目をした。

「戦争は、どんな理由があっても“最後の手段”なの。そのために、あらゆるもの・・・日々の豊かで
自由な暮らし、そして多くの命が犠牲になるから。できる限りそれを回避するために手を打って、
本当にどうしようもなくなった時、初めて殺し合いという手段に訴える。・・・いくら武勇に優れて
いたところで、二言目には戦争を口にするような人には、将や国の王たる資格はないわ。」
「・・・・・・。」
「戦場で臆病であることと、普段臆病であることは必ずしも同じではないの。普段から臆病だ、腰抜け
だって蔑まれていたとしても・・・いざという時に、戦争を防ぐために最後まで努力する指導者の方が、
本当に国民のことを考えていると言えるのではないかしら。」
「・・・はい。」

頷いたキレイの目を、エクルがじっと覗き込んだ。

「初めに、あなたは言ったわね。いつも、“何か他にやることがあるのではないか”と考えてしまうと。
それは、特に非常時にはとても大切なことよ。・・・その気持ち、忘れないようにしなさい。」
「・・・はい!」
「よろしい。」

にっこりと笑ったエクルが頷いたとき、客間のドアが勢いよくノックされた。

「姉様! お取り込み中相済みませぬが、また小さなお客様が参られましたぞ。」
「やかましい。あたしは、小さくはないぞ!」
「見たままを言っただけですぞ! 悔しいのであれば、我輩の背丈を越えてから出直して参りなされ!」
「この・・・言わせておけばッ!」

ララの威勢のいい声に重なるようにして聞こえた怒声に、エクルがくすりと笑う。

「ほら。お迎えが来たみたいよ。」
「はい。僕・・・戻ります。みんなのところへ。」
「信じた道を、進みなさい。・・・辛くなったら、またいらっしゃいね。」
「はい! ありがとうございます!」

ソファーから立ち上がり、キレイは深々とお辞儀をした。キラキラと力強く輝くその瞳には、先刻までの
弱気な陰は既に見られなかった。


  *


いつの間にか茜色に染まった空の下、キレイとアンジュは本殿への道を並んで歩いていた。
しばらくして、先に立って歩いていたアンジュがちらりとキレイの方を振り向いた。

「・・・勘違いしないでよ。あたしは、別に悪いことを言ったとは思ってないんだから。」
「うん。」
「あんたの剣術は、危なっかしくって見ていられない。早いところ、足手まといにならない程度に上達して
もらわないと、みんなが困るの。」
「うん。それは、よくわかってる。」
「けどね。その・・・」
「?」

首を傾げるキレイ。ここで立ち止まったアンジュは、言い難そうにそっぽを向いた。

「あんたのことを、兄弟失格だって決め付けるのは・・・まだ早過ぎたと思って。それだけは、撤回して
あげるから。」
「アンジュ。一つ、頼みがあるんだけど。・・・戻ったら、また剣の稽古の相手をしてくれる?」
「え・・・?」
「僕は、昔も今も・・・武勇が絶対のものだとは思わない。それでも、君の言ったように・・・みんなの
足手まといにはなりたくないんだ。だから・・・。」

力強く笑ったキレイが、じっとアンジュの目を見つめる。こちらも微笑を浮かべたアンジュが、小さく
頷いた。

「・・・今の言葉、忘れないでよ。」
「うん。ありがとう。」
「れ・・・礼を言われる筋合いはないッ! どうして、あんたはそう―――――」
「あ、アンジュ! 待ってよ!」

ぷいと横を向いたアンジュが、逃げるように駆け出した。その頬が赤く染まっているのは、夕日の
せいだけではなさそうだった。


はしがき

『Rendezvous』脱稿後、このシリーズの挿絵を担当していただいているリンさんから、「キレイとエクルの
話を読んでみたい」というリクエストをいただきました。それが形になったのが、この「個性」という短編
です。
ユーニスの子竜たちと違い、セリエの子竜たちは比較的「戦」を身近に感じる生活を送っています。
「武」が当たり前の毎日において、果たしてキレイの“平和主義”は許容されるものなのか。その辺りの
迷い、葛藤を描いてみたいと思って取り組んだ作品でしたが、その目的は概ね果たされたのでは
ないかと思っています。

『影』で一斉に登場したセリエの子竜たち。本作では、彼らの日常の人間関係や言葉遣いが一部
明らかになりました。個人的には、今まで陽の当たらなかった一番竜グレンの「良き兄貴っぷり」、
そして六番竜のアンジュ(この子の言葉遣いは試行錯誤の連続でしたね(笑))のツンデレぶりが
気に入ってます(大笑)。
それと、新キャラとして登場したエクルの妹のララ。これは、昔合同誌用に考えていたキャラクター
(没になりました)の言葉遣いをそのまま拝借してきたものです。キャラのモデルは『紅茶王子』の
斧田先輩ですが、あの性格を何十倍も濃くした感じになってしまいました。彼女もできれば、また
どこかで再登場させたい所存です(邪笑)。