個性
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「姉様! お帰りなら、そうと一声かけてくだされよ。それとも、仕事を我輩一人に押し付ける
おつもりか?」
ドアを蹴り破るようにして開け、山のような書類を抱えて部屋に顔を覗かせたのは、これまたエクルと
同年代と思しき光竜だった。長い髪を三つ編みのお下げにした相手は、キレイに目を留めると、かけて
いた大判の眼鏡をキラリと光らせた。
「やや、お客様ですかな? これは珍しい・・・同族の少年ではありませぬか。」
「あの・・・初めまして。お邪魔しています。」
「うむ! 礼節をわきまえた、良い子ですな。我輩、少年のことが気に入りましたぞ!」
「・・・・・・。」
「ねえ、ララ。挨拶はそれくらいにして、悪いんだけど・・・」
「はは、承知しておりますぞ。姉様は、毎日この時刻にお茶を嗜まれぬと機嫌が悪くなりますからな。
全く、困ったものですな。」
「もう! 余計なことは、言わなくてもいいの!」
「ややや、失敬失敬。では、しばし待たれよ。」
少し慌てた様子のエクルが、ララと呼ばれた光竜に食ってかかる。にやりと笑ったララは、小さく手を
振りながら客間を出ていった。そんな二人の遣り取りを、キレイは口をぽかんと開けて見守っている
だけだ。
やがて、ティーセットを片手に客間に戻ってきたララによって、お茶の支度は瞬く間に整った。遠慮
がちに紅茶のカップに口をつけたキレイの前に、山盛りの焼き菓子が乗せられたお盆がどんと
置かれる。
「あ・・・あの、これは?」
「見ての通り、お茶菓子である。ささ、少年! 遠慮なく、食べてもらいたい。」
「でも・・・いきなり押しかけてきて、お茶までいただいてしまって・・・。これ以上ご好意に甘えるのは、
失礼に当たるのでは―――――」
「チッチッチ。」
キレイの言葉をその半ばで遮ったララは、大きく指を振った。
「少年! 相手の心尽くしを受けぬということは、時として相手に対して失礼に当たるということをご存知
かな?」
「そ・・・そうなんですか?」
「うむ! よって、少年にはこの菓子を食べる義務がある。お分かりかな?」
「あ・・・あの、・・・はあ。」
目を白黒させながら、それでもキレイは焼き菓子の山に手を伸ばした。
手近なものを一つ手に取り、口へと運ぶ。・・・と、その目がたちまち驚きに大きく見開かれた。
「お味は、いかがかな?」
「お・・・おいしいです! こんなにおいしいお菓子、今までに食べたことがありません!」
「そうであろう、そうであろう。何せ、菓子作りが唯一の趣味である我輩が、精魂込めて作ったもの
なのだからな!」
「ちょっとララ! いつまでここで油を売ってるつもりなの?」
ふんぞり返ったララに、口を尖らせたエクルが言った。
「おっと、そうでしたな。では姉様、また後程。我輩は経理の書類を片付けておりますゆえ、手が
空きましたらご助勢くだされよ。」
「はいはい、わかったから。」
「では少年! さらばだ。」
芝居がかった仕草で、二人に向かってびしりと敬礼を決めたララは、勢いよく客間から出ていった。
その後姿を呆気にとられて見送っていたキレイに向かって、エクルが苦笑しながら言う。
「ごめんなさいね。びっくりしたでしょう?」
「え・・・?」
「あの子の術士は、ちょっと変わった人で・・・。それで、あんな喋り方になっちゃってるんだけど、根は
とてもいい子なのよ。」
「はい、わかってます。・・・初対面の相手においしいお茶を淹れてくれる方に、悪い方はいないと・・・
以前グレーシス様に伺ったことがあります。」
「そう。よかった。」
にっこり笑ったエクルは、キレイと向かい合うようにしてソファーに腰を下ろした。
「それで、さっきの話なんだけど。」
「・・・・・・。」
「どうして、一人でこんなところで泣いてたの? ・・・もしよかったら、事情を話してくれないかな。」
しばらくの間、黙って俯いていたキレイは、やがて小さな声で話し始めた。
「僕は、姐上の子竜である資格が・・・本当にあるのでしょうか。」
「・・・・・・。どうして、そんなことを?」
「剣術の才能も、あるとは思えないし・・・。ずっと後から訓練を始めた、弟のコハクだって・・・もう、
僕よりも剣の腕は立つのです。他のみんなにも、馬鹿にされたり呆れられたりで・・・。・・・このままじゃ、
ただの足手まといになってしまいそうで、怖くて・・・だけど、姐上は何も仰ってくださらないし・・・。」
「・・・そうね。それは確かに辛いと思うけど、でも―――――」
「それだけじゃ、ないんです!」
顔を上げたキレイが、叫ぶように言った。その瞳には、やり切れなさから来る涙が滲んでいる。
「姐上に言われて、軍学の講義や剣術の訓練を受けているときも・・・いつも、心のどこかで
考えてしまうのです! こんなことよりも、他に何か・・・自分にはするべきことがあるのでは
ないか・・・と!!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。やっぱり、僕は・・・自分の定めから、逃げているだけなのでしょうか? ・・・術士を、他の
方に変えていただくほうがよいのでしょうか・・・?」
呟くように言ったキレイが、がっくりと項垂れた。ぎゅっと握り締められた拳の上に、悔し涙がぽたぽたと
零れていく。
(・・・・・・)
確かに、兄弟たちの侮蔑の視線に毎日晒され、術士であるセリエにも何も言ってもらえないとなれば
・・・さぞ、居心地の悪い毎日だったろう。その辛さは、察するに余りある。
肩を震わせ、小声で嗚咽を漏らすキレイ。その様子をじっと見つめていたエクルは、ややあってくすっと
笑った。
「そっか。気楽だったあたしたちと違って、あなたたちは色々とやることが多いのね。」
「え・・・?」
「ユーニスは、自分から剣を教えるとは言わなかったから。二番竜のミリオ兄さんが最初に剣を教えて
くれって言い出して・・・それで、結局エリカ姉さん・ミリオ兄さん・ヴィスタ姉さん、そしてノクトの四人が
ユーニスから剣の訓練を受けることになったの。」
「では、エクル様は・・・?」
「あたしは、結局剣は習わなかったから・・・。こんなものを持ってるけど、ただの飾りね。」
腰に差していた宝剣をぽんと叩いたエクルは、キレイに向かって小さく肩を竦めてみせた。
「それでは、エクル様は・・・なぜ、近衛隊の副隊長に志願されたのですか?」
「そうねえ・・・。いつの間にかそうなっちゃってた、っていうのが一番近いんだけどね。ノクトが隊長に
なるって決まって、あたしも一緒にね。」
「・・・・・・。しかし、全く剣術の心得がないというのでは、部隊を実際に率いる際に不都合が生じるの
ではありませんか? 日頃の訓練にも立ち会えませんし・・・」
「いいんじゃない? それはそれで。誰か、できる人がやればいいだけのことじゃない。」
「は・・・?」
近衛隊を率いる立場の者として、必須のはずの武術の心得。それをエクルにあっけらかんと否定
されて、キレイは目を丸くした。そんなキレイに向かって、口調を改めたエクルが言う。
「いいこと、キレイ。あなたはまだ、軍というものを・・・その表面でしか見ていないと思うわ。」
「表面・・・ですか?」
「兵は戦うのが仕事。それは、確かにそうね。でもね。それには同じくらいの“裏方”の仕事が必要
なのよ。」
「裏方・・・。」
「ええ。兵の宿舎の管理に、支給品の公正な配分。兵たちへの給金も扱わなければならないし、必要な
仕事はあれこれ挙げればキリがないわね。そうしたものを、私やララ・・・そして、配下の者が専門に
担当しているの。」
「・・・・・・。」
「前線で戦う兵と、それを支えるあたしたち。そのどちらが欠けても、軍は成り立たないの。どちらが上、
ということはないのよ。だから、仮にあなたが剣を手放そうと思ったとしても・・・それは、別に恥ずかしい
ことではないわ。」
「・・・・・・。でも・・・」
エクルの視線を外したキレイは、煮え切らない様子で俯いた。
確かに、相手の言うことにも一理ある。しかし、それはあくまで一般論でしかない。
恐らく今、このフェスタで随一の武力を誇る、当代の竜王の竜術士セリエ。そして、共に“影”となるべく
選ばれた自分たち。そんな自分たちに、果たして剣を捨てるという選択が許されるものなのだろうか。