DAISY FIELD  1       

DAISY FIELD


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コーセルテルの中央、やや北寄りにそびえるクランガ山の麓には、火竜術士の町がある。
山肌を削って造られたその町には各種の工房が立ち並び、日夜火竜術の修行を兼ねて様々なものが
作り出されていく。鉄器を始めとした金属製品、様々な種類の陶器や磁器、そしてガラスから炭に至る
まで・・・火を使うものなら何でもだ。
その中の一室で目を覚ました火竜術士のリカルドは、南向きの窓から僅かに射し込む朝日に目を
細めた。ベッドから起き上がり、窓を大きく開け放つと、目の前に広がる湖の表面が朝日に煌いて
いるのが目に入った。命竜の月も半分が過ぎ・・・これからが、一年で最も気持ちの良い季節である。

(今日も・・・いい天気になりそうだな)

伸びをしたリカルドは、振り返ると隣のベッドに目をやった。そこにはまだ幼い火竜の子が静かな
寝息を立てている。
子竜の名はテラ。預かってまだ半年しか経っていない、火竜族族長の第三子だった。

(・・・・・・)

その安らかな寝顔を眺めていたリカルドは、微笑むと子竜の頭を撫でた。

テラは、笑わない子だった。
初めて会ったときのことを、リカルドは今でも鮮明に覚えている。
自分のことをじっと見つめる、冷たい光を湛えた瞳。里を遠く離れ見知らぬ相手に預けられると
いうのに、他の子竜たちのように怯えることも、また喜ぶこともなく・・・それは心を閉ざした者特有の
瞳だった。
元来気性が荒く、“力”を重視する火竜族。その中にあって、テラのように争いを好まない気性の
穏やかな子は「出来損ない」と見做されるのが常であった。ましてや、優秀な兄と姉がいれば尚更の
ことである。
こうして“望まれない子”として扱われたテラは、半ば厄介払いされるような格好でこのコーセルテルに
やって来たのだった。

だんだんだん。

「リカルドさーん!! 起きてますかー!?」

ふいに玄関の扉が激しく叩かれる。その音に、我に返ったリカルドは舌打ちをするとそちらに
向かった。そして玄関のドアから首だけを覗かせる。

「どうしたんだよ、こんな朝早くから・・・。打ち合わせは昼からだったろ。」
「ああリカルドさん! 大変なことになって・・・」
「静かにしてくれよ。まだテラが寝てるんだ・・・」

玄関の前で青くなっていた水竜術士のクレオを、リカルドはじろりと睨み付けた。
クレオとリカルドの付き合いは、二人がコーセルテルに来た当初に遡る。他人の出身について
色眼鏡を使わないリカルドの態度にいたく感激したクレオは、それ以来何かあるたびにリカルドの
ところへ駆け込んでくるようになった。もちろん頼られて悪い気はしないが、それが年中無休昼夜
のべつ幕無しとなれば話は別である。この水竜術士の度を越した“心配性”度合いにリカルドは
いい加減うんざりしていた。

「それどころじゃないんですよ!」
「あん? またお前んところのちびが恋文でももらったか? それとも、朝飯にカエルでも入ってたか?」
「そんなんじゃありません! ほら!」

そう言ったクレオは、リカルドに向かって真っ二つになったリコーダーを差し出した。

「こりゃあ・・・確か、エディスのじゃないか? どうしたんだよ。」
「打ち合わせをしてたんです。そしたら、話の途中で急に倒れて・・・これもそのときに。」
「何だって!? それで、今どこに!?」
「今こっちに向かってます。」

自分の背後を振り返るクレオ。隣に並んだリカルドが目を凝らしたその先には、朝日の逆光の中を
こちらに向かってくる人影が一つ・・・いや、二つあった。その片方が地竜術士のリュディアであるところ
からして、それに寄り添っているのは恐らく、彼女の預かる地竜のジークリートなのだろう。

(・・・?)

リュディアがその背に担いでいるのは、どうやら話題の木竜術士のエディスのようだったが・・・どうした
ことかぐったりしたまま身動きする様子がない。憤怒の表情を浮かべているリュディアの様子に、
これから何が起こるのか悟ったリカルドは、とうとう前言を撤回する羽目になった。

「ああ・・・確かに、こりゃ大事だ。」
「でしょう!?」
「クレオ・・・あいつらが来たら中に入るよう言ってくれ。オレはベッドの準備をしておくから・・・」
「はい! 頼みます!」

頷いたクレオは、壊れたリコーダーを握り締めたままリュディアの方へと駆け戻っていった。

(やれやれ・・・)

こうして、大きく肩を竦めたリカルドは家の中へと戻っていったのだった。


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