Christmas Greetings〜ジークのクリスマス〜  1       

Christmas Greetings
〜ジークのクリスマス〜


 −1−

この日も、朝から雪のちらつく寒い一日だった。

「くりすます・・・ですか?」
「ええ。」

ここは木竜術士エディスの家。台所に備え付けられた薬棚から薬草の種を取り出していたエディスは、
ジークリートの問いかけに後ろを向いたまま頷いた。

「あと五日でいよいよクリスマスなのよ。この日が来るとね、いよいよ本格的な冬が来た・・・という
感じがするのよね。」
「それで、その“くりすます”とは・・・一体どのような行事なのですか?」
「そうね・・・。クリスマスっていうのは、どうも北大陸各地で様々な風習があるみたいなんだけど・・・。」

選んだ種をテーブルの上に並べたエディスは、術道具である森の種を取り出し、その木竜術で薬草の
葉だけを作り出した。すり潰した薬草は粉状にしてから混ぜ合わせ、一回分の分量に小分けして小さな
紙袋に詰めていく。
そんなエディスの作業を、テーブルの反対側にある椅子に腰掛けたジークリートは興味津々といった
面持ちで眺めている。

「・・・私の故郷では、親しい間柄同士でプレゼントを交換し合う日だったわね。」
「プレゼントですか・・・。」
「ええ。もっとも、このコーセルテルにはクリスマスを祝う習慣はないから・・・こちらに来てからは、
クリスマスの日にあの子たちとささやかなパーティを開くくらいかしらね。・・・はい、これ。」
「いつもありがとうございます。」

エディスに二日酔いの薬を手渡されたジークリートは、律儀に一礼した。

「一応、今日の分を合わせて三日分を作っておいたから。」
「わざわざ気を遣っていただいて、ありがとうございます。ところで・・・ちゃんと苦くしてくれましたか?」
「ええ。使える限りの苦い薬草を入れたつもりだけど・・・ジークくん、こんなことをして意味があるの
かしら?」
「“良薬口に苦し”。いくら言っても懲りない師匠には、これくらいが丁度良いのだと思いますが。」
「・・・・・・。」

昨日の夜は、エディスたち顔見知りの竜術士たちが集まっての飲み会だった。場所は、いつもの通り
火竜術士リカルドの家。・・・大騒ぎしても近所迷惑にならない工房があるため、飲み会はいつもここで
行われるのが慣習となっているのだ。
ジークリートの竜術士であるリュディアは、集まる面子の中でも一番の酒好きで有名だった。そのくせ
酒には滅法弱く、飲み会で真っ先に潰れるのは決まって彼女なのだった。昨日もその例に漏れず、
案の定あっさりと酔い潰れたリュディアはジークリートに担がれて家に帰ることになったのだった。
そしてまた、そのせいでジークリートはこの寒い中、朝早くから二日酔いの薬を貰いにわざわざ
エディスの家まで出かける羽目になっている。
表情こそ冷静であるものの、一向に学習効果のないリュディアに対して“怒りのオーラ”を立ち昇らせて
いたジークリート。そんな彼が昨晩、リカルドの補佐竜であるテラに「ジーク、ハリネズミみたい」と
評されていたのを思い出し、エディスはくすっと思い出し笑いをした。

「分かったわ。確かに“いい薬”になるかも知れないわね。・・・リューに、お大事にと伝えてちょうだい。」
「ありがとうございます。では、失礼します・・・朝早くから、申し訳ありませんでした。」
「いいのよ。気にしないでね。」

椅子から立ち上がったジークリートは、エディスに向かって小さく頭を下げると台所から出ていった。
その後姿を見送っていたエディスは、にっこりと微笑んだのだった。

(リューも・・・良い子に恵まれたわね)


  *


エディスの家を後にしたジークリートは、渡された薬の包みを抱えて帰途についた。辺りは既に一面の
銀世界であり、時折雲間から漏れる日光が雪に反射して目に眩しい。
コーセルテルは、本格的な冬を迎えつつあった。一月前に降り始めた雪はすぐに根雪となり、闇竜の
月も末に近付いたこの時期は、それに凍えるような寒さが加わるのだった。

(クリスマス・・・か)

雪を踏みしめる音が、静かな通りに微かに響く。道すがら、ジークリートが考えていたのは・・・
エディスが口にした「クリスマス」という行事のことだった。
寒さが苦手なリュディアにとってコーセルテルの冬は厳しいものであり、そのためリュディアは毎年冬の
間は塞ぎがちになる。ここらで一つ、エディスの言ったようにパーティでも開いて、リュディアを元気
付けるもの悪くない。そうだ、プレゼントも何か用意してみようか・・・きっとリュディアは喜んでくれる
だろう。

(だが・・・何を贈ったものか)

ジークリートがその育ての親であるリュディアと暮らし始めて、もう随分になる。
お世辞にも生活力があるとは言えないリュディアのために、ジークリートはほんの幼い頃から、家事は
もとよりリュディアの生活の面倒を見ることまで・・・その全てをこなす必要に迫られたのだった。当然、
食べ物からその趣味に至るまで、リュディアが何を好み、何を苦手としているか・・・ジークリートに
一つとして分からないものはなかった。
だがそれは、どんなものを贈ればリュディアがどんな反応をするか、全て予測できてしまうということでも
あった。・・・やはり、単に「もの」を贈るのではつまらない。

(・・・そうだ)

眉を寄せて考え込んでいたジークリートは、ここで不意に顔を上げた。・・・一つだけ、リュディアが
心から望み、また同時に決して得られないものがあることを思い出したからだ。
頷いたジークリートは、その歩をコーセルテルの中央湖の方へと向けた。 中央湖の畔には、宮殿や
王立竜術学院を初めとして、第二の竜都であるコーセルテルを支える様々な組織の建物が集まって
いる。ジークリートが向かったのはその内の一つ、気象府であった。
気象府は風竜の管轄であり、その名の通り気象に関する全ての事柄を司る役所である。平時は
空渡りを初めとする様々な精霊の声を聴くことで天気の予報を行い、また悪天候が予想される場合は
コーセルテル全土に警報を発令し、警戒態勢を取るよう呼びかける。実際に悪天候による災害が
起こった場合に、大雨の場合は水竜・大雪の場合は地竜といった具合に、各種族と術士に「災害
出動」の要請を出すのもここである。
建物の外に立てられている掲示板の前で、ジークリートは立ち止まった。ここには、当日から都合
十日分の天気予報や、現在発令されている警報が常に告知されている。必要な者は、建物の中に
入ればさらに詳しい話を聞くこともできるのだった。

(えーと・・・確か、エディスさんの話だと“クリスマス”は五日後だったな・・・)

ガラス越しに確認できる天気予報は、見事に雪のマークばかりだった。五日後に当たる闇竜の月
三十六日の天気も雪で、夜半には荒れる気配があるという注意書きが添えられていた。

(よし・・・)

何を思ったのか、その予報を目にしたジークリートは頷いた。そして、踵を返すとリュディアの待つ
家へと向かう。・・・地竜術士たちの住む町は、ここからさほど遠くない場所にあった。


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