Christmas Greetings〜ジークのクリスマス〜
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「あの子たち・・・戻ってこないわね。」
「ああ、そうだな。・・・ったく、どこまで行ったんだか。」
二人きりになった家の中に、時計の音だけが大きく響く。出て行ってもう一時間以上が経つというのに、
一向に三人が戻ってくる気配はなかった。
(あ゛ーったくよ、ジークのヤツ! 一体何を考えてやがるんだ!)
もともと、黙ってじっとしているのは苦手なのだ。沈黙に居たたまれなくなったリュディアが癇癪を起こし
かけたとき、不意にエディスが忍び笑いを漏らした。
「ふふ・・・何だか、思い出すわね。」
「なっ・・・何をだよ?」
「こうして、雪が降るのを見ていると・・・故郷のことを、ちょっとね。」
「へえ。・・・あんたの故郷も、雪が降るのか?」
「ええ、それはもう。」
いたずらっぽい表情になったエディスは、リュディアににっこりと笑いかけた。
「そう言えば、私の故郷の話・・・したことなかったかしら?」
「いや、記憶にはねえけど。」
「私の故郷はね、ラクルス山脈の北側にあって・・・冬になるとものすごいドカ雪が降るのよ。一晩で
数リンク積もることもざらでね、毎年どこの家が埋もれた・・・って、よく騒ぎになってたわ。」
「へええ・・・そりゃすげえ。」
「だから、二階にも玄関があるのよ。冬の間は、そちらを使って出入りするの・・・さながら、その時は
元の一階が地下になる感じね。」
「アタシは・・・」
懐かしそうな顔で故郷のことを語るエディス。苦手な雪のことが話題だからなのだろう・・・対照的に、
リュディアは苦い顔だった。
「寒いのはちょっとな。ここも冬はこたえるし・・・できれば、南の国で暮らしてえぜ。」
「コーセルテルは、冬はしっかり雪が降るものね。そう言えば、今年はいつにもまして寒い気がする
けど。」
「ああ。・・・なにやら、寒波隊の隊長が変わったんだとか聞いたけど。一回シメてやらにゃいかん
かな。」
「あははは。程々にしなさいよ・・・あなたのせいで冬軍と全面戦争なんてごめんよ?」
「そ、そうだな・・・。」
エディスにたしなめられたリュディアは、照れ臭そうに頭を掻いた。そんなリュディアをにこにこしながら
眺めていたエディスが話題を変える。
「私には、村に幼馴染が二人いてね。」
「ん?」
「一人は、隣の家に住んでいた男の子。小さい頃から病気がちで、あまり外へは出て来られなかった
から・・・私の方がよくこの子の家に遊びに行ったわ。・・・私のリコーダーは、実はこの子に教わった
のよ。」
「ふーん。じゃ、その子がエディスのリコーダーの“師匠”ってことになるのか?」
「ふふ、そうね。そして、もう一人が・・・」
ここで、エディスは何を思い出したのかくすっと笑った。
「家の近くには、カエデの木があったの。そこには、一人の精霊が住んでいて。」
「精霊?」
「ええ。男の子の姿をしていたけど・・・随分と生意気だったわね。多分私たちよりもずっと年上だったん
だろうけど・・・全然そうは見えなかったわ。」
「へえ。さすが木竜術士だな・・・そんな昔から、精霊と知り合いだったのか。」
「ええ。・・・ほら、前にエルとアルのイタズラのせいで私が倒れたとき、壊れてしまったリコーダーが
あったでしょう? あれはね、このカエデの木の精霊から貰ったものだったの。別れの記念にって・・・」
「別れ? 故郷を出るときにか?」
「・・・・・・。ちょっと、違うかな・・・。」
「・・・?」
しばらく考えたエディスは、やがて寂しそうな表情を浮かべると、一言ぽつりとそう呟いた。それを
最後に、二人の間を沈黙が支配する。
窓の外では、相変わらず吹雪の音がしている。
「そう言えばさ・・・。」
「?」
「あんたの故郷は、結局どこにあるんだ? ラクルスの北はいいけど、村の名前とか・・・あるんだろ?」
何気なく尋ねたリュディアに向かって、エディスは何故か遠い目をした。
「村の名前は・・・ミルトアといったわね。今はもう、ないけれど・・・」
「今はない?」
「焼き払われたのよ。十年以上も前に・・・国によってね。」
「何だそりゃ・・・どういうことだよ!」
憤慨し、立ち上がりかけたリュディアを目で制すると、エディスは静かに言葉を続けた。
「私がまだ小さい頃・・・村は、疫病に襲われたわ。そのとき、私は両親を喪ったの。・・・隣に住んでいた
男の子は何とか助かったけど、その時投与された薬の副作用で重い別の病気になって。そのまま・・・
一年も生きられなかったわ。」
「・・・・・・。」
「国から、医者がたくさんやってきて、色々と調査も行われたわ。でも、結局原因が分からなくて・・・
生き残った村人は移住させられて、村は焼き払われることになったのよ。・・・疫病の元を断つ
ためにね。」
「じゃあ、そのカエデの木も・・・」
「ええ。残念だけど・・・。別れっていうのは・・・そういうことだったの。」
初めて聞く、エディスの過去。リュディアは、このとき初めて・・・エディスの抱えている「陰」の理由が
分かったような気がした。
初めて出会ったときから、どこかエディスには脆く弱い部分があるような気がしていた。普段はその強い
意志と穏やかな物腰に隠されているが、ふとした弾みにそれが垣間見えることがあるのだ。
・・・それは、一体何故なのか。ずっと疑問だったこのことの理由が一部なりとも解消され、リュディアは
正直嬉しいような悪いような複雑な気分だった。
「な・・・なんだか、しめっぽい話をさせちまったな。せっかくのパーティだってのに・・・」
「いいのよ、リュー。・・・あなたには、いつか聞いてもらいたいと思っていたし・・・。」
「そ・・・そうか。なら、いいんだけどよ。」
その場に漂った居たたまれないような雰囲気を打ち破るかのように、リュディアはわざと明るい調子で
エディスに話しかけた。
「そうだ。ジークのヤツが、ケーキが台所にあるって言ってたよな。・・・あいつらが戻ってくる気配も
ねえし、先に食べちゃおうぜ。」
「そうね・・・そうしようかしら。」
「よしきた!」
立ち上がったリュディアは、台所へと足を踏み入れた。そのまま、薄暗い台所の中を見回す。
(お、あった・・・あれだな)
台所のテーブルの上には、白い箱が一つあった。その蓋を取ったリュディアは、チョコレートの板の
上に描かれた文字を前に、目をぱちくりさせることになったのだった。
“Merry Christmas To You : Edith & Lydia”
(あいつ・・・!)
この瞬間、なぜこんな吹雪の夜に、ジークリートが木竜二人を引きずるようにして外へ出ていったのか
・・・リュディアにははっきりと分かったのだった。
竜術士は、そのほとんどの時間を竜と共に過ごしている。そんな竜術士同士が二人きりになれる機会
など滅多にない・・・ましてや、二人の竜を預かっているエディスの場合は尚更だろう。
恐らく、気を利かせてエディスと二人きりにしてくれたのだ。そうだ、これがジークリートなりの“クリスマス
プレゼント”だったのだろう。
「リュー、どうしたのー? ケーキ、見付からない?」
「ああいや、なんでもねえ。」
(この文字は、見せられねえな・・・)
居間からエディスにかけられた声に返事をすると、リュディアは大急ぎでチョコレートの板を口に
運んだ。
それは何の変哲もないチョコレートのはずだったが、リュディアには確かにいつもよりも甘く感じ
られたのだった。
***
こうして、地竜・木竜一家によるささやかなクリスマスパーティは終わりを告げた。
翌日、ジークリートはエディスの家の温室で倒れているところを発見された。木竜たちは「ジークが
勝手に食べたんだ」「別に変な術は使ってない」と必死に弁解したにも拘わらず、周囲の竜術士たち
から散々お小言(リュディアからはもちろん拳骨)を食らうことになった。・・・もちろん、実際にはただの
「果物の食べ過ぎ」だったのは言うまでもない。
“情けは人のためならず”。この時ほど、この諺の意味を実感したことはなかったと、後にジークリートは
テラに向かって真顔で語ったそうである。