夏の手紙  1       

夏の手紙


 −1−

――――――――――コトン。

頬杖をつき、ぼんやりした表情で窓から外を眺めていた火竜のテラは、その小さな物音に振り向いた。

火竜テラ(崎沢彼方さん作画)

折しも季節は梅雨の真っ只中。連日のように豪雨が続き、この日も外は篠つく雨だった。
しばらくためらった後、テラは再び窓の方へ向き直った。

(もう・・・しつこいんだから・・・)

視線の先には、墓標があった。かつての身分からすると、考えられないほど質素なもの。
ないがしろにして、とは思わない。人と接するのが苦手なテラにとって、本人の希望で里近くに彼が
葬られることになったのは不幸中の幸いであり、むしろ喜んだくらいだったのだ。それなのに・・・

(・・・どうして・・・)

閉じられたテラの目から、涙が一粒零れ落ちた。
それは、この数年・・・絶えず自問しては、答えがでなかった疑問。いや・・・初めから答えなど
なかったのかも知れない。
テーブルに突っ伏すと、テラは静かにすすり泣きはじめた。
雨が、また激しくなる。


  *


正式に竜都コーセルテルが成立してからおよそ三五〇年。三代目の竜王に選ばれたのは、まだ
年若い火竜だった。
しかし、幼い頃からその火竜を育て、そのまま竜王の竜術士になるはずだった元火竜術士が
即位式を迎えることなく逝き、そこから全てがおかしくなった。悲しみのあまりその竜王候補は里に
引きこもり、そんな状態がもう十年以上も続いている。
王位は代理のものが務め、現在の王位は空位となっている。しかし、最近は竜王不在の影響が
自然界にも及びはじめ、年を追うごとに水害や冷害の被害が増えてきていた。

「ん・・・」

どうやらあのまま少し眠ってしまったらしい。
テーブルから身を起こしたテラは、乱れた髪を撫で付けながら窓の外に目をやった。
相変わらず外は大変な豪雨だった。本来ならこの時期は一年で最も昼の時間が長い輝かしい
季節であるはずだったが、現在はその天気のために見るからに陰惨極まりない雰囲気だった。

(そう言えば・・・)

ふいに先程の物音のことを思い出し、玄関の方へ向かうテラ。
郵便が届くのは、実は久しぶりのことだった。度重なる宮廷からの登城を促す手紙に業を煮やした
テラが、『郵便配達お断り』という立て札を立てた上に、数度に亘り郵便配達員をひどい目に
遭わせたのだった。それ以来、この家に寄り付くものはいなくなったはず・・・だったのだが。

(宮廷からだったら・・・また燃やしてしまおうかしら)

玄関のドアを開け、庇の下から足を踏み出したテラに無数の雨粒が降りかかる。
僅かに眉を顰めたテラは、無言で火竜の力を解放した。すると、見る間に周囲の雨粒が蒸発を
始めた。全身を水蒸気に包まれた状態で、テラは庭先へと歩を進める。その先には、小さな郵便
ポストが立っていた。
書かれている名前は「テラ」と「リカルド」・・・どちらももう呼んでくれる人はいないはずの名前。
このポストは、竜術士になる前は大工だったという彼が、二人のために・・・と作ってくれた最初で
最後の作品だった。在りし日の彼は、笑って「必要なものがあれば、何でも作ってやるよ―――」と
言ってくれたものだったが・・・ついにその約束は、果たされることなく終わってしまった。死に目にも
会えなかったテラにとって、この郵便ポストはそのまま彼の形見ということになった。

(・・・あら?)

郵便ポストを覗き込んだテラは意外そうな表情になった。ポストに入っていた封筒が見慣れた
宮廷からのものでなかったこともあったが、何よりその宛名がこの十年見かけなかった「テラ」に
なっていたからだった。
差出人名にはこうあった:

『王立竜術学院・同期生一同』


夏の手紙(2)へ