夏の手紙
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家に戻ったテラは、早速手紙の封を切った。中からは、色とりどりの便箋が五枚。
一枚目のそれは水色で、上部の中央には水のシンボルマーク。
『やっほーテラ、元気してるー? ・・・なわけないよねぇ。ごめん。
あなたが里に戻ってから、もう十年以上になるんだもんね。』
流れるような字体には見覚えがあった。
水竜ルクレティア。かつてコーセルテルでの同期生だった。

火竜と水竜は折り合いが悪いのが普通なのだが、テラが火竜らしからぬ引っ込み思案で控え目な
性格だったせいか、世話焼きの彼女とは妙にウマが合った。
『最近こっちはもう大変よ。ほら、ここの所毎年長雨と冷夏でしょう?
水竜は総出でその被害の収拾に当たらないといけなくって。
まあね、ジークあたりもそれは同じなんだけど。
・・・あ、別にこれはあなたを責めているわけじゃないのよ?
最愛の人・・・それも、自分を生まれたときから見守っていてくれた
竜術士を亡くしてしまったんだもの、竜なら誰だってショックよね。
私の竜術士は幸いなことにまだ健在だけど(ごめんね)、人間と竜は
寿命が違いすぎるもんね・・・いつかは私も通る道だと思ってる。
だから、無理して出てこなくてもいいのよ。ゆっくり心を休めてね。
長老達は未だに毎日ぶつぶつ言ってるけど、そんなもの気にする必要は
ないと思うわ。私がガツンと言っといてあげるから、心配しないでね。
・・・あれ、もう私の分は終わり? 残念。
ルクレティア』
相変わらず世話焼きは変わってないわね、と微笑むテラ。そう、辛いときはいつもこうして彼女が
支えになってくれたっけ・・・。
二枚目は草色の便箋だった。今度は木のシンボルが描かれている。
『やあ、そっちの天気はどうだい? こっちは最近雨ばっかりで参るよ。
宮廷のやつらは長老含めて頭の固いやつばっかりだし、冗談が通じなくて
ほとほと困ってるんだ。テラ、やっぱり君みたいなリアクションが欲しいよ。』
テラの同期生には双子の木竜がいた。もちろん、その性格と行動はいたずら好きの木竜の例に
漏れず破天荒なもので、その一番の標的はおとなしいテラだった。

しかし、毎回とんでもない目に遭わされながらも、不思議と彼らのことは迷惑だとは思わなかった。
そんなテラを、リカルドはいつも呆れた様子で眺めていたものだった。
『しょうがないからさ、エディスに聞いた外界のイベントをいくつか
法令化してみたんだけど、これがまた賛否両論で大変さ。
やっぱり日々には適度な刺激が必要だよね。竜は堅物が多いから特にさ。
おっとっと、誰かさん・・・堅物の代表がこっちを睨んでるよ。
とんでもない目に遭わされる前にバトンタッチな。アル、あとは頼んだ。
エルフィート』
(「適度な刺激」・・・ね。エディス、無事だといいけど・・・)
くすっ、と笑うテラ。エディスというのはこの双子、兄エルフィートと妹アルフェリアを預かっていた
竜術士の名だった。もちろん、木竜術士の例に漏れず色々と気苦労が多いことはテラも知って
いた。きっと、今でも二人のことを扱いかねているに違いない。

『あなたがいない間は、エルと私の交代で竜王代理を務めることになったの。
今年はエルの番なんだけど・・・エルったらね、色々と外界の習慣を
こっちに取り入れているのよ。とりあえず今年はね、“バレンタインデー”を
やってみたんだけど、最高に面白かったわよ〜。
“バレンタインデー”っていうのはね、女の子が意中の男の子に贈り物をする
イベントらしいんだけど、それを「尊敬する人にその意を表す」だと勘違いした
某光竜君(誰だかバレバレだけど)に、我らが良心の某地竜君(こっちもか)が
お手製のクッキーもらっちゃうっていう事件があってね。それも、衆人環視の
ところでよ? しばらくは、変な噂でもちきりだったわよ、いやホント。
そのせいで、今エルはその地竜君に目の敵にされててね。傍から見てる分には
これが面白いのよね〜。代理とは言っても一応竜王だし、地竜君も切ないわね。
じゃあね。次はその地竜君だから。
アルフェリア』
(ジークも大変ね・・・)
思わず苦笑いし、三枚目の便箋を引っ張り出すテラ。茶色のそれには、昔と変わらない几帳面な
字が並んでいた。
『久しぶりだな、テラ。もしかして、即位式以来だろうか。
君が里に戻ったと聞いてからもう十年になるが、恙無く過ごせているだろうか。
こちらは、我ら同期の竜王候補が協力して国政を分担している。竜王代理の
二人には少々難がある感は拭えないが、国民に受け入れられているのなら
仕方がないとも思う。・・・私は、少々頭が固い部分があるからな。』
地竜ジークリート・・・同期の中では一番の秀才。術力にも文句の付け様のない彼を差し置いて
テラが竜王に選ばれた理由は、その冷静沈着さ故に彼の態度が時に冷たく受け取られてしまう
ことと、またその性格に融通が利かない部分がある為であった。

しかし、他人にからかわれる度に庇ってもらったテラは、彼の一見冷たい態度の裏には、照れ臭さ
故に他人には滅多に見せない思いやりがあることを知っていた。
『これは君と顔を会わせるたびに言ってきたことだが、改めて書かせてもらう。
冒頭でティアも書いている通り、我々竜と竜術士では寿命が違い過ぎる。
必ず、我々が竜術士を見送ることになるんだ。
もちろん、君の場合は他にも不幸な偶然が重なったことは否定できない。
彼の死はあまりにも早過ぎたと私も思うし、君が彼の死に目に会えなかった事も
そうだろう。君の悲しみについては一言もない、というのが私の偽らざる気持ちだ。
だが、竜術士の死の度に皆が君と同じように振舞っていたらどうなる?
そして、忘れて欲しくないのは君は正式な手続きによって選ばれた竜王だと
いうことだ。他の国への体面や、将来を担う子竜たちへの示しもある。
もうこれは、君一人の問題ではないんだ。
リカルドの死を忘れろと言う気は毛頭ない。しかし、もうあれから十年が
経つんだ。今はエルとアルが何とか竜王の代理を務めてくれているが、そろそろ
限界だと思う。やはり、君でなければ竜王は務まらないのだろうな。
頼む、戻ってきてくれ。我々はその時を一日千秋の思いで待っている。
ジークリート』
(分かっているのよ・・・わたしだって・・・)
これは、里に戻った直後より様々な相手から言われてきたことであり、テラ自身もそのことを感じて
いないわけではなかった。
しかし、彼女には唯一つ・・・心置きなく国政の場に戻るのを妨げる気がかりがあったのだった。