Christmas Eve  1       

Christmas Eve


 −1−

目覚めたのは、見知らぬ部屋だった。

(ここは・・・?)

掛けられていた布団を除ける。ベッドの上に起き上がったエディスは、ゆっくりと周囲を見回した。
白で統一された、清潔感はあるが殺風景な部屋。ベッドの傍らに置かれた小さなテーブルセット、窓際に置かれた花瓶を除けば、家具らしい家具も見当たらない。

「・・・・・・。」

ベッドから出て、置かれていたスリッパを履く。ここで、エディスは自らの服装が普段着とは似ても似つかないものであることに気が付いた。飾り気のない薄手の白いガウンには見覚えがなく、何故自分がこのような服を着ているのかも分からない。
テーブルの上に置かれていた、小さな卓上式のカレンダー。それを手に取ったエディスは、表示されていた日付を心の中で呟いた。

(死竜の月、三日・・・水曜日・・・)

春を新年とする新暦では、死竜の月は九番目の月に当たり、季節としては晩秋に相当する。
その一つ前、八番目の月である毒竜の月でしばしば見られる厳しい残暑も治まり、本格的な冬の訪れを感じさせる日々の始まる月。冬は医師にとって繁忙期であり、そのための準備に慌しく取り掛かる月。・・・エディスにとって、死竜の月はそんな月だった。
カレンダーをテーブルの上に戻したエディスは、部屋に一つだけ設えられていた窓の前へと歩み寄った。
小さな部屋には不釣合いとも思える、大きなガラス窓。それを通して外の景色に目をやったエディスは、やがて小さく首を傾げた。

(・・・・・・)

眼下は小さな円形の広場になっていた。その中央には見事なカエデの巨木が立っており、既にその葉は紅葉して見事な紅に染まっていた。時折落ち葉が舞う中、巨木の周囲を巡るように作られた道には、その上を歩く人影らしきものはちらほらと目に付いた。
広場の外側には、同じような高さ、同じようなデザインの建物が複数目に付いた。このときになって初めて、エディスは自分のいるであろう部屋が、建物の三階に相当する高さであることに気が付いた。

(ここは・・・どこなの・・・?)

結局のところ、窓からの風景はエディスの疑問に対する“答え”を提供してはくれなかった。残された手段は、部屋から出て周囲の人間に直接尋ねることしかない。

――――――――――カチャッ。

そこまで考えたエディスが、部屋の入り口を振り向こうとしたまさにそのとき、不意に扉の鍵の音がした。

(・・・!)

ややあって部屋に入ってきたのは、一人の青年だった。濃い緑の髪に、同じ色の瞳。
窓の前に立ち、自分のことをじっと見つめているエディスの姿に一瞬驚いた表情を浮かべかけた相手が、穏やかな笑みを向けてくる。

「ああ、起きてたんだ。気分はどう?」
「・・・・・・。」

誰だっただろうか。
遠い昔からの知り合いのような、懐かしい感じがした。その顔には、どことなく見覚えがあるような気もする。しかし、肝心の相手の名前をエディスは思い出すことができなかった。

「ここはどこ? 私は、どうして・・・」
「ああ。」

エディスの戸惑いを知ってか知らずか、小さく頷いた相手が周囲を見回す仕草をした。

「ここは、楓ヶ丘診療所。ロアノーク郊外にある病院でね、ここはその病棟の一つなんだよ。」
「病院・・・。じゃあ、私は・・・」
「多分、よほどの疲れが溜まってたんだろうね。二ヶ月前に、急に宮廷で倒れたんだよ。・・・もしかして、覚えてないの?」
「・・・・・・。」

小さく頷くエディス。

(ロアノーク・・・。それに、宮廷・・・?)

相手の言葉には、エディスにとって耳慣れないものが多かった。大体、しがない庶民の出の自分が、宮廷と名の付く場所に縁があるはずもなかった。とすれば、今のは一体どういう意味だったのだろうか。
自分の根幹を成す大切な事柄が、全て頭の中から抜け落ちてしまったような虚無感と不安感。必死になってそれを思い出そうとすればするほど、頭の中が混乱していく。
そんなエディスの葛藤には気付かなかった様子の相手が、相変わらずの朗らかな様子で話を続ける。

「幸い、テラが竜王に復帰してくれたから、僕らが代理を務める必要もなくなったんだ。エディスの具合が良くなるまで、付きっ切りで看病させてもらうからね。」

(テラ・・・竜王・・・? それに、代理って・・・?)

「ま、今までの罪滅ぼしってところかな。だからさ、宮廷の方は心配しないでいいんだ。今は、ここでゆっくり休んで欲しいな。」

(分からない・・・それは、何のことなの・・・?)

「あ、何か必要なものがあれば、何でも言ってよね。ただし、具合が良くなるまではここから出るのだけは禁止。いいね?」

喋り続けていた相手が、ここで言葉を切った。
自分にぴたりと据えられた視線。柔和な表情とは裏腹に、その眼は全く笑っていなかった。

(・・・・・・)

初めて、エディスの中に微かな恐怖が広がった。
これではまるで、監禁ではないか。大体、療養のための入院というが、具合が悪いと感じる部分もない。まずは、現在の状況を分かるように説明した上で、ここに留まるかどうかは自分の意志を尊重すべきではないのか。
言いたいことは、たくさんあった。しかし、首を横に振ったときの相手の反応が、エディスには恐ろしかった。

「じゃあ、お大事に。」

気圧されたように頷くエディス。その様子を確認した相手が、こちらも頷くと部屋を出ていった。ややあって、扉に鍵のかかる音。

(・・・・・・)

しばらくの間、エディスは相手の出ていった扉をじっと見つめていた。
一体、自分の身に何が起きているのだろう。何もかもが、納得できないことばかりだった。・・・しかし今、事態を打開するために自分ができることは何もないのだった。
のろのろとベッドに戻り、横になって眼を閉じる。・・・強い違和感に苛まれながらも、やがてエディスは浅いまどろみにその身を委ねたのだった。


Christmas Eve(2)へ