Christmas Eve      3   

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「それでね、私はいつか医者になって、たくさんの病気を治したいって思うようになってね。猛勉強して、国で一番の医学校に入ることができたの。」
「へえ・・・。エディス、すごいんだね。・・・でも、たいへんじゃなかった?」
「あの頃は、ただ夢中だったわね。もちろん、勉強自体が嫌いじゃなかった・・・というのもあるけど、今思うと、どうしてあんなに頑張れたのかなって思うこともあるの。」
「ふうん・・・。そうなんだ。」
「ふふっ、レムも“勉強”してみたらどうかしら。私がこの部屋にいる間は、何でも教えてあげるわよ?」
「い・・・いや、むりだよ! べんきょうなんて、そんな・・・」

からかうようなエディスの言葉に、レムが慌てて首を横にぶんぶんと振る。その切羽詰った様子に、エディスは思わずくすりと笑った。
テーブルセットの上に置かれていたカレンダーの表示は、一昨日から闇竜の月に変わっていた。自分がこの部屋で暮らすようになって、既に一月が過ぎたことになる。
先月までは、日々考えることは同じだった。隙を見て、この部屋から脱出する。・・・しかし、自分の頭の中を占めていた“ここから逃げ出したい”という思いが少しずつ薄れてきていることに、エディスは気付いていた。
何より、レムの存在が大きかった。
この部屋で暮らすようになって初めての、会話の噛み合う相手。まだ幼く純真で、それ故に嘘や誤魔化しといったものを感じさせないレムとの会話は、すっかり周囲に対して疑心暗鬼に陥っていたエディスにとって、唯一の救いとなっていた。
何せ、相手は自分の部屋から目と鼻の先に立っている樹の精霊なのだ。昼となく夜となく、心が不安で張り裂けそうになる度にエディスはレムを求め、そしてレムもよくエディスに応えてくれた。

(“私がこの部屋にいる間は”・・・か)

先程の自らの言葉を反芻したエディスが、少し遠い眼をした。その横顔を、レムが心配そうに見上げる。

「エディス・・・。まだ、むかしのことが思いだせないの?」
「ええ・・・。子供の頃、若かった頃のことは覚えているんだけど・・・。」

今となっては、自分が何歳なのかも分からない。
不思議と、自分の子供時代・・・そして、大学を卒業してからしばらくのことは鮮明に覚えていた。しかし、その数年後から先の記憶が、ぷっつりと途絶えてしまっているのだ。
何かそこで、大事なことがあった気がする。自分が故郷を捨てざるを得なくなったのだから、さぞかし深刻な出来事だったのだろう。・・・しかし、それだけはいくら考えても思い出すことはできなかった。

「そうだ、レム。さっきの話だけど・・・」
「さっきの?」
「勉強してみないかって、さっき言ったじゃない。どうかしら、まずは字の練習から始めてみない?」
「え・・・えーと、でも・・・」
「字が読み書きできると、色々と役に立つと思うんだけどな。そうね、まずはあなたの名前の書き方から―――――」

気を取り直したエディスが、そう言いかけたときだ。鍵の音がして、いつものようにエルフィートが部屋へと入ってきた。

「やあ、エディス。今日は、顔色もいいみたいだね。」
「ええ。今日は朝から、気分がいいの。」

毎日部屋を訪れる二人には、当たり障りのない返事をするようにしていた。そうすれば相手は満足し、余計な詮索をされることもないからだ。

「それは良かった。この分だと、ここから出られるのもそう遠くないんじゃないかな。」
「そうね。そう願っているわ。」
「ああ。でも、もう少しの辛抱だよ。気を抜くと、また具合が悪くなるかも知れないからね。」

笑顔になった相手が、二度三度と頷く。しかし、その横顔に向けられたエディスの視線は、冷ややかなものだった。

(白々しい・・・)

療養という名の監禁。自分のどこが悪いのか、相手を問い詰めたことも二度や三度ではなかった。しかし、その度にのらりくらりとはぐらかされ続けた結果、今となってはいつこの部屋を出られるのかと問うことも空しくなっている。

「じゃあ、また来るよ。お大事に。」
「・・・・・・。」

目の前で、閉じられる扉。それをじっと睨み付けていたエディスは、背後からかけられた小さな声に我に返った。

「エディス・・・。・・・だいじょうぶ?」
「え・・・? あ、ええ。ごめんなさいね、レム。」
「エディス、とってもこわいかおをしてた。・・・あの人は、わるい人なの?」
「・・・・・・。どう・・・なのかしらね・・・。」

不意に、新たな疑問がエディスの中に湧き上がった。
あの二人は、どうして自分をこの部屋に閉じ込めておこうとするのだろう。
二人にとって自分は、育ての親でありまた竜術の師なのだという。そのような大切なはずの相手を、鍵をかけた部屋に監禁しておく。それによって一体、何が得られるというのか。

(分からない・・・もう、何もかも―――――)

「エディス・・・?」
「ああ、何でもないの。・・・それより、さっきの話の続きなんだけど―――――」

笑顔になったエディスが、レムに向き直る。しかしその横顔には、消し難い暗い影が差していたのだった。


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