Christmas Eve
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目覚めたのは、見知らぬ部屋だった。
(・・・・・・)
ベッドの上に起き上がったエディスは、しばらくの間ぼんやりと周囲を眺めていた。
白で統一された、殺風景な部屋。窓際に置かれた花瓶、活けられた花さえもが、何やらひどく色褪せて見える。
一体いつから、自分はこの部屋から出ていないのだろう。何だか、随分前から同じことが繰り返されている気がする。
しかし、自分にはしなければならないこと、帰らなければならない場所があるのだ。こんな場所に、閉じ込められているわけにはいかない。
「・・・おっと!」
折りしも、開いた扉から誰かが部屋に入ってきたところだった。
ベッドから飛び降りたエディスは、そちらに向かって走り寄ると、その隙間から外へと出ようとする。
「ちょっ・・・エディス! どうしたんだ!?」
「離してッ! 私を、ここから出してッ!!」
「とりあえず、落ち着くんだ! さあ、ベッドに戻って話を―――――」
「嫌ッ!!」
自分を押し留めようとした相手の腕を、力一杯振り払う。驚いた顔になった相手に向かって、エディスは大声で捲し立てた。
「いい加減にしてッ! 私は、早く自分の家に帰らなくちゃいけないの!! 私を待っている、病気の人がたくさんいるのよ!!」
「エディス・・・」
「ああ・・・こんなことをしている間にも、みんなが苦しんでいるのよ! あなたは、一体誰なの!? 一体、どんな権利があって、私をこんなところに閉じ込めて! こんなこと、今・・・すぐ、やめ・・・て・・・?」
言葉の途中で、強い脱力感を覚えたエディスは、思わずその場に膝をついた。崩れかかるエディスの身体を、相手が支えてくれたようだった。
「はな・・・して・・・。・・・わた、し・・・は・・・」
真っ暗な闇の中に、急速に落ち込んでいくような感覚。目を閉じたエディスは、そのまま意識を失ったのだった。
*
「どうだった。エディスさんの具合は・・・」
「・・・・・・。」
「おい・・・エル?」
「悪い、ジーク。・・・しばらく、黙っててくれないか。」
「エル、何のつもり―――――」
エディスの病室から出てきたエルフィートは、ジークリートの言葉にも俯いたままだった。力なく自分に寄りかかった相手を払い除けようとして、その肩が小刻みに震えていることに気付いたジークリートが、口にしかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
「エル・・・。エディスの様子は・・・?」
「ああ、大丈夫だ。ただ、こちらでの記憶は・・・もう、ほとんど残っていないみたいだ。さっきも、北大陸のことだろうな・・・家に帰る、患者が待ってるって半狂乱になってね。術を遣って、やっと・・・眠ってもらった。」
「そう・・・。もう、そこまで・・・」
「今日は、あなたは誰ってはっきり言われたよ。・・・ははっ、予想はしていたけど、実際に言われるとかなりヘコむね・・・。」
傍らのアルフェリアに向かって、エルフィートは力ない笑みを浮かべてみせた。そのエルフィートを、アルフェリアがそっと抱き締める。
エディスが宮廷で不意に倒れたのは、今から三月ほど前のことだった。
初めは、誰もがただの疲れだと思って疑わなかった。何せ、テラのいない十年間もの間、竜王代理を務めていたエルフィートとアルフェリアが何か騒ぎを起こす度に、その後始末に奔走する毎日だったのだ。さぞ負担の大きい毎日だっただろうことに疑いの余地はなく、ジークリート自身もまた、一月もあればエディスが宮廷に復帰するだろうと予想していた。
雲行きが怪しくなってきたのは、入院から一週間が過ぎ、昏睡状態だったエディスが意識を取り戻した頃からだった。
エディスと周囲の会話が、少しずつ噛み合わなくなっていく。顔見知りのはずの相手の名前が分からなくなり、南大陸での生活の記憶が徐々に失われていったのだ。一度などは、北大陸の故郷に帰ると言って病院を抜け出し、ロアノーク郊外で保護されたこともあった。この時点で、エルフィートとアルフェリアは已む無く、エディスの病室に鍵をかけるという選択をしたのだった。
急激な病状亢進の原因は、未だに不明だった。倒れた際に頭を強く打ったせいだ、或いは長年の心身への過度のストレスが原因であるといった、様々な説が唱えられてはいた。
深刻なのは、種々の治療が一向に効果を上げていない、ということだった。
エルフィートとアルフェリアも、その持てる医術の知識、そして術力の全てを活かして、エディスの治療に携わっていた。しかし、その症状は悪化の一途を辿り、今や自らの補佐竜の顔さえ分からない状態になってしまっているようだった。
「どうやら、今日のところは見舞いは諦めて、帰った方が良いようだな。」
「ああ。忙しいところを来てもらって悪いけど、そうしてくれると助かる。」
「分かった。くれぐれも、エディスさんによろしく伝えてくれ。」
「・・・・・・。」
小さく溜息をつき、踵を返すジークリート。その背中に向かって、エルフィートが声をかける。
「ジーク、一つ頼みがある。」
「分かっているさ。しばらくの間、お前たちが宮廷に出仕しなくて済むよう、テラには私から話しておく。・・・こちらの心配はせず、じっくりと治療に専念してくれ。」
「ああ。お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ。」
「ありがとう、ジーク・・・。」
「あまり、思いつめるなよ。お前たちには、私も、テラも・・・同期生の皆もいるのだからな。」
「ああ。・・・恩に着る、ジーク。」
「・・・また、来る。」
小さく手を挙げ、ジークリートは病棟の廊下を歩いていった。その後姿を見送っていた木竜兄妹が、やがてどちらからともなく抱き合う。その頬は、共に涙で濡れていたのだった。