ROUND TRIP(前編)  1         

ROUND TRIP(前編)


 −1−

コーセルテルの秋も終わりに近づいたある日。
夕暮れの中、風竜術士の家の前に二人の人影が舞い降りた。両者とも風竜の出で立ちであり、一人は
まだ少年の、そしてもう一人は人間で言えば二十代半ばと思しき女性の姿をしている。・・・と、女性の
方がふいにがっくりと膝をついた。

「師匠! しっかり・・・大丈夫ですか?」
「ししょー、へーき!?」
「あ・・・うん、なん・・・とかね。」

慌てて駆け寄った少年・・・補佐竜のライモンドと、同化術を解いた風竜のアンジェラに心配そうに声を
かけられた新米風竜術士のラスカは、辛うじて笑顔を見せた。だが、その顔は真っ青でお世辞にも
「大丈夫」には見えなかった。
もちろん、こうしてラスカが息も絶え絶えな状態になっているのは同化術を使ったからではない。
原因は、彼の「高所恐怖症」にあった。風竜術士にあるまじきこの性癖を持つラスカが術士を引き
受けるまでには少なからぬ紆余曲折があったのだが・・・なってしまったものは仕方がない。日々
アンジェラの術練習を兼ねて高所恐怖症を克服するための「特訓」に励み、曲がりなりにも空を飛ぶ
所までは漕ぎつけたラスカであったが・・・その道はまだまだ長く険しいものであるようだった。

「あ、師匠!!」
「お帰りなさい!!」

ラスカが帰ったことに気付いて家から走り出てきた二人の風竜が輪の中に加わった。風竜フランカと
フィオレンザ・・・それぞれ、ラスカの預かる二番竜と三番竜である。ライモンドの肩を借りて何とか立ち
上がったラスカは、二人にも笑顔を向けた。

「ただいま・・・。」
「もう師匠、顔が真っ青! だから無理するなって言ったのに!」
「はは、ごめんよ・・・。それで、そっちは・・・」
「おう、お帰り!」

口を尖らすフランカに向かって、申し訳なさそうに頭を下げるラスカ。その時、家の玄関に最後に
現れた人物が、威勢の良い調子でラスカに出迎えの言葉をかけた。
火竜カラン。火竜術士ダイナの補佐竜で、既に成竜である。胸にはサラシを巻き、着ているのは上は
法被・下は飾り気のないズボン。火竜特有の赤い髪を短く切り揃えたその姿は、ハスキーな低い声や
乱暴な口調と相まってどうしても「女」には見えなかった。

「おいおい大丈夫か? 青い顔して・・・今にも死にそうだぜ?」
「はは・・・は、大丈夫・・・大丈夫。それより・・・」

ライモンドに支えられて辛うじて立っていたラスカは、近寄ってきたカランに水を向けた。

「そっちはどう? 上手くできたの?」
「おうよ!」

精一杯胸を張って見せるカラン。

「今日は煙も出なかったし、黒くなったりもしてねえ・・・ま、ちょっとはしたけどよ。」
「あ・・・そう。それはおめでとう・・・」
「ありがとよ! さ、入ってくれ。」

全く、これではどちらが主人でどちらが客分か分からなくなりそうなやり取りである(ついでに、どちらが
男でどちらが女かも分からなくなりそうである)。ガッツポーズを見せた後、意気揚々と家の中に引き
揚げていったカランの背中をげんなりした様子で眺めていたラスカは、傍らに立っていたフランカに声を
かけた。

「それで、本当のところはどうなの? フランカ。」
「うーん・・・どうかなぁ。」
「まあ、今日のは何とか『焼飯』レベルだと思うけど・・・。」

フランカとフィオレンザは、首を傾げて顔を見合わせた。
火竜のカランが、火竜術の資質を持たないラスカの許に預けられているのにはもちろん訳があった。
元来の「その辺の男よりよっぽど男らしい」というカランの性格は、ダイナの懸命な努力にも拘らず年を
経ても一向に改善しなかった。火竜族は気性が荒いことで有名な種族だが、そのことと「がさつである」
ということはまた別の問題。そして、物事には限度というものがある。・・・こうして、カランは「このまま
では嫁の貰い手がない」と心配するダイナによって、家事万能なラスカの許に「花嫁修業」と称して送り
込まれることになったのだった。

「じゃあ、何とか食べられるんだね。」
「よかった・・・」

そんなカランにラスカが最初に与えた課題は、家事の中でも火竜術の出番が多い“料理”であった。
「好きなものを作っていいよ」と言われたカランがまず挑戦したのが『炒飯』だったのだが・・・残念
ながら、最初から上手くいったわけではもちろんなかった。『燃飯』(火竜術で盛大に炭化)から
始まって、『焦飯』(原型は留めているが黒焦げ)、そして今日の『焼飯』へ。徐々にレベルアップして
いるのは確かなのだが、堪らないのはそれを食べさせられる風竜たち、そしてラスカである。フランカの
言葉を聞いて、ラスカとライモンドはホッと胸を撫で下ろした。

「おーい、何やってんだ? 日が暮れちまうぜ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

一人そうした心配とは無縁なカランに家の中から声をかけられて、風竜一家は顔を見合わせた。
そして、何となくげんなりした様子になると、ラスカを先頭にぞろぞろと家の中に入っていったので
あった。


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