ROUND TRIP(前編)
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そして、いよいよ勝負の日がやってきた。
その日、集合場所に指定された湖の畔に風竜たちと辿り着いたラスカは、その場の光景を一目見て
あんぐりと口を開けることになった。
「うわぁ・・・すごい。みんな、どうしたんだろう。」
ラスカの後ろから顔を出した風竜たちもびっくりした顔になる。
湖畔は、大勢の竜術士とその補佐竜たちで一杯だったのだ。日頃からラスカの補佐をしてくれている
火竜術士のダイナや木竜術士のトレベスの他にも、心配そうな顔をしている水竜リステルといつも
寡黙なその師匠ヴィーカや、同じく補佐竜ノルテと共に駆け付けたらしい地竜術士のアリシアの姿も
見える。こちらもラスカと同じく新米である暗竜術士のカレルは、この春孵ったばかりの暗竜イトカを
抱きかかえて所在なさげに一人佇み、湖の水際では光竜チェルシーを連れた光竜術士のスプラが、
湖の守護精霊である水の精霊ライナリュートと何ごとか相談をしている。勝負の相手である冬軍の
面々はこの人出に驚いたらしく、少し離れたところで一塊になっていた。
「お、来たぜ・・・。」
「おはようございます!」
「ラスカ、寝坊かい? 遅かったじゃないか。」
「・・・・・・。」
ラスカに気が付いた面々が口々にラスカに声をかける。ほぼ、コーセルテル総出・・・といった様相で
あった。もちろん、その大半は単なる野次馬であることは言うまでもない。
「カラン! ちょっとこっちおいで!!」
「おう、ダイナも来たのか。・・・チビどもはいいのか?」
自らが補佐する術士の姿を見つけてそちらに歩み寄ったカランを、ダイナは有無を言わせず
したたかに殴りつけた。
「・・・ってーな! いきなり何すんだよ!!」
「黙りな! 聞けば、今回の騒動も元はと言えばあんたが余計な喧嘩を売ったせいだって言うじゃ
ないか!! ラスカさんにはちゃんと謝ったんだろうね!?」
「あん? 何言ってやがる・・・」
「それから、言葉遣いはもっと丁寧にしろっていつも言ってるだろう! ほら、言い直し!!」
「え・・・えっと・・・。・・・痛いですわね、何をな、なさ・・・るんですか!! ・・・オラ、これでいいか!!」
「わははははは、何だよそれ!!」
「う・・・うるっせーな!」
傍でこのやり取りを聞いていたトレベスに爆笑されて、カランは真っ赤になった。・・・と、そのやり取りを
おろおろしながら見ていたラスカの服の裾が引かれる。振り返ったラスカの前に立っていたのは、
トレベスが預かっている二番竜のロンドと三番竜のアークであった。
「ラスカさん、まだ飛ぶの怖いんだって?」
「今日は海の上も飛ぶんだってね。・・・もし落っこちたりしたら大変だよね。」
「う・・・」
言わんでもいいことを言ってラスカの恐怖心を煽る二人。青くなったラスカに、二人はにこにこしながら
追い討ちをかける。
「ナーガ出身のラスカさんは大丈夫かも知れないけど、アンジェラは心配だよね。」
「そうだよ、もし海に落っこちて溺れちゃったら・・・」
「ううっ・・・」
ますます青くなったラスカ、そして脅されてすっかり涙目になったアンジェラの様子を見て二人は
目配せを交わすと、極上の“木竜スマイル”を浮かべた。そして、年長のロンドが一歩前に進み出ると
小さな薬瓶をラスカに手渡す。
「だろうと思いました。・・・はい、これ。」
「・・・これは?」
「そういうこともあろうかと、僕らが作っておいた『高いところが怖くなくなる薬』ですよ。これで、もう
心配はいりません。」
「レース本番の直前に飲めば、レース中に効き目が現れると思います。」
「へ・・・へえー・・・。」
いかにも怪しげな薬であったが、それでもラスカが嬉しそうな顔をしたのは純粋に彼の性格が良い
せいか、はたまたよっぽど高いところが怖いからなのか・・・。そんなラスカに向かって、ロンドと
アークは声をハモらせた(当然笑顔もハモっている)。
『ぜひ、試してみてくださいね!』
「あ、うん・・・ありがとう。」
「ラっ・・・ラスカさんっ!!」
「・・・?」
二人の勢いに飲まれて、薬をポケットにしまうラスカ。そのラスカに次に声をかけたのは水竜の
リステル・・・水竜術士ヴィーカの補佐竜であり、火竜カランと並んで現在コーセルテルにいる成竜
二人のうちの一人であった。
もともとリステルは風竜術士モニカに片思いをしていたのだが、姿形が全く同じでかつ非常に家庭的な
ラスカが現れたため、最近ではすっかりこちらに転んでしまったらしい。ことあるごとにラスカを口説く
その姿は、「子竜の教育上非常によろしくない」と竜術士たちを悩ませている。
「あの・・・大丈夫ですか、何だか顔色が悪いみたいですけど。・・・まさか、体調が悪いとかっ!!」
まさか、正直に「飛ぶのが怖いんです」などとレースの直前に言えるわけもなく・・・ラスカは精一杯の
笑顔を作るとリステルの方に向き直った。その笑顔を見て赤くなるリステル。
「あ・・・リステル。いや、大丈夫だと思うけど。」
「ラスカさんの身に何かあったら、僕は・・・僕はっ!!!」
「何なんだよ。」
いつの間にかラスカの背後に立っていたトレベスが、どさくさに紛れてラスカの手を握ろうとしていた
リステルとラスカの間にすかさず割って入る。
「悪いが、俺のラスカに手を出さないでもらおうか。・・・さ、行くぞラスカ。」
「え? あの・・・え?」
「トレベスさん! そんな、抜け駆け・・・」
ラスカの手を引いてその場を離れるトレベス。後を追おうとしたリステルは、ヴィーカの太い腕を
背後から首に回されてもがいた。
「離して、ヴィーカ! ああ・・・ラスカさん、待ってくださいー!」
「いい加減諦めろ。あれは・・・男なんだぞ。」
「ラスカさんだったら・・・僕は、男でもっ・・・!!」
ぼくっ。
こうして、越えてはならない一線を越えてしまいそうになったリステルは、哀れヴィーカの一撃を
後頭部に受けて悶絶し、その肩に担がれて家路につくことになったのだった。
一方、こちらはその“カップル”の二人である。
「ちょっと、トレベスさん!」
「何だ?」
「さっきの、『俺のラスカ』ってのは一体どういう意味なんです!?」
「どうって・・・そういう意味だよ。」
「なっ・・・!」
トレベスの爆弾発言に思わず赤くなるラスカ。そんなラスカの様子に頓着せず、トレベスはいきなり
ラスカのポケットに手を突っ込んだ。・・・そして、先ほどの薬瓶をつまみ出す。
「これ、どうしたんだ?」
「あ、それ。さっき、ロンドとアークから・・・『高いところが怖くなくなる薬』だって・・・」
「やれやれ、どうせそんなことだろうと思ったぜ。リアの奴が大人しく留守番を買って出たんでな、
おかしいと思ってたんだ。」
リアはトレベスの補佐竜で、今日は四番竜のサイと共に木竜術士の家で留守番をしているはず
だった。こちらも木竜の例に漏れず怪しいものを作っては周囲にそれを振りまくのが趣味であり、
人の良いラスカは半年の間に既に四回ほどその犠牲になっていた。
「あの・・・それ、どうするんです?」
「これか? 決まってるだろう。」
ラスカの方を振り向いたトレベスは、凄みのある笑みを浮かべた。そして躊躇いなく言い切る。
「あいつらの昼飯にでもぶちこんでやるさ。・・・身をもって“自信作”の効果が体験できるってもん
だろう。」
「は・・・ははは・・・」
「まったく、羨ましい限りだよな! じゃあな、お前も頑張れよ。」
ラスカの肩を一つばん、と叩くとトレベスはラスカの傍を離れた。