ROUND TRIP(前編)          5 

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(そうか、トレベスさんが木竜たちに囲まれて無事に過ごせてるのはこのせいだったんだ・・・)

「あの・・・」

目には目を、歯には歯を。
木竜術士の家で日々繰りかえされているであろう密かな“戦争”に思いを馳せて暗澹たる表情になった
ラスカは、横合いからおずおずとした声をかけられてそちらを振り向いた。立っていたのは、暗竜
術士のカレル。術士になってからまだ一年ちょっとしか経っていない、ラスカと同じ「新米術士」の
範疇に入る少年であった。

「あの、いよいよ本番ですね・・・頑張ってください。」
「あ・・・ああうん。できる限りね。」

(本当は、今すぐにでも逃げ出したい・・・)

カレルの抱きかかえている暗竜のイトカにじっと見つめられ、ラスカは決まり悪そうに頭を掻いた。
そんなラスカの本音を知ってか知らずか、カレルはラスカをさらに追い詰めるようなことを言う。

「ラスカさんの肩に、コーセルテルの・・・いいえ、全世界の今年の冬が穏やかになるかどうかが
かかっているんですよね。そんな重責を進んで背負うなんて・・・。トトは『物好きなだけだ』って言って
ましたけど・・・ぼく、ラスカさんのこと、尊敬してますから。」
「あ・・・ありがとう。」

(いや、進んで背負ったわけじゃないんだけど・・・)

悪気は全くない暗竜術士のプレッシャーに苦笑いするラスカ。・・・と、ぺこりと頭を下げてその場を去る
暗竜術士を見送っていたラスカの背後で、笑いを含んだ声がした。

「どうやら、うまくやっているようだな。大変結構。」
「え?」

振り返ったラスカの目に入ったのは、風竜の青年。外見の年齢は、人間で言うと三十前くらいだろうか
・・・そして、この場でラスカの知らない唯一の人物だった。どうやら、今までの顛末をずっと眺めて
いたらしい。

「族長さま!」
「ラサさま! どうしてここに?」
「へ? 族長・・・さま?」
「おう、ライモンドか。達者か? フランカ、フィオレンザも・・・。」

ラスカと共に声の方を振り向いた風竜たちが、その青年の方を見て素っ頓狂な声を上げる。にこにこと
その声に応えながらラサと呼ばれたその青年は、ゆっくりとラスカ一家の方へと歩み寄った。ラサと
いうのは現風竜族長であり、そしてラスカの四番竜アンジェラの父に当たる人物の名前のはずだった。

「・・・君がラスカか? ふむ、確かに驚くほどモニカに良く似ているな。」
「あの・・・あなたが?」
「ああ。私がラサ、現風竜族長を務めている者だ。」

“族長”と聞いて目を白黒させているラスカに、簡単に名乗るラサ。

「その族長様が、どうして今日はこんなところまで? ・・・里を空けて大丈夫なんですか?」
「いや、今度の風竜術士はどうやら高い所が怖いらしいと噂に聞いてな。何でも、術士になって半年が
経つのに里に顔を出さないのはそのせいだとか・・・娘を預けている父として気が気ではなくてな・・・。」
「いや、あの、それは・・・」

図星を指されてうろたえるラスカ。その様子をにやにやしながら眺めていたラサの表情が、やがて
優しいものになる。

「ふ、もちろんそれは口実さ。本当は、この・・・」

と、ラサはラスカの服の裾にしがみ付いていたアンジェラの方へ目をやった。

「娘の顔を拝んでみたかったというわけだ。一度くらい里に連れてきても、バチは当たらんと思うぞ?」
「それは・・・申し訳ありません。」
「それに・・・自らの血に連なる者の応援に駆けつけることくらいは許されてもいいだろう?」
「え? それって、どういう・・・」

ラサの意味深な台詞の真意をラスカが問い糺そうとした時、その場に一陣の風が巻き起こると一人の
精霊が姿を現した。明るい緑の髪をしたその風の精霊は、小脇に筒状になった紙を抱えて地面に
降り立つと、周囲を見回し誰にともなく一礼した。

「待たせたな! 地図を探していたら遅くなった・・・申し訳ない。」
「心配したぞ。・・・審判なしでやることになるのかと思ったぞ、フェイ?」
「まあそう言うなラサ。このような行事を指を咥えて見過ごす我だと思うのか?」
「違いない。」

手を振った風竜族長の姿を見つけ、風の精霊はそちらに歩み寄った。ラサと束の間親しげに笑い
合うと、フェイと呼ばれたその精霊は表情を引き締め、その場にいた一同に対して声を張り上げた。

「本日の『世界一周レース』、審判は両者に対して中立な立場である我等風の精霊が務めることと
相成った。我が名は風の精霊フェイリーク、以後見知り置きを。」
「何だフェイ、誰が来るのかと思えばお前か。・・・相変わらず若作りな奴め。」
「ライナ・・・貴様にだけは言われたくないわ! もう三千歳を優に超えるのに、相変わらず少女の姿を
している貴様にはな!」
「よく言うわ。実は気にしているのだろう?」
「黙れ! お前こそ・・・」
「あの・・・それで、ルールとかは?」

到着早々湖の守護精霊と次元の低い言い争いを始めた風の精霊族長に、地竜術士のアリシアが
非常に慎ましい突っ込みを入れる。にやにやしているライナリュートの方を一睨みすると、フェイリーク
は気を取り直したように咳払いをし、説明を始めた。

「・・・では、レースのルールを説明する。このレースは一組四名のチーム同士の対戦とする。大陸の
各所に三箇所の中継点が設けられているので、各選手はそのポイントを目指してもらいたい。」

ここまで言うと、フェイリークは小脇に抱えていた地図を広げた。地図上には赤い点が四つ・・・どうやら
スタートおよびゴール地点であるこのコーセルテルと、三つの“中継地点”らしい。

「中継点はここだ・・・フェスタのフレオン岬、ナーガのオノトア島、そしてエクセールのシールズ島。
最終区はワッセン島の西を回り、このコーセルテルの湖畔がゴールということになる。各中継点には
我が配下の風の精霊が待機しており、レースが公正に行われているかチェックすることになって
いる。」

地図を覗き込む一同に対して、フェイリークは各地点を指差しながらその地名を読み上げた。

「では、これより各区間の選手の確認を行う。第一区は、コーセルテル側フィオレンザ、冬軍側ツゲ。
第二区はコーセルテル側フランカ、冬軍側ナナミ。第三区はコーセルテル側ライモンド、冬軍側タラ。
そしてアンカーがコーセルテル側ラスカとアンジェラ、冬軍側ソヨゴ・・・以上だ。」

各自のコースを確認する風竜一家と冬軍の面々を前に、フェイリークは両手を広げた。

「レースの開始は正午とする。各選手は、第一区の者を除いてこれから我が配下の風の精霊によって
中継点まで移動してもらうが・・・何か質問はあるか?」
「一つある。最終区、竜術士側は選手が二人いたな・・・それはどうしてだ?」

ソヨゴのもっともな問いに、フェイリークは頷くと答えた。

「最終区は、風竜術士ラスカと風竜アンジェラが同化術を行うことになっている。術士は人間だからな、
精霊と違い一人では飛ぶことは出来ん・・・そうだな?」
「ああ、はい・・・そうです。」
「なるほどな。まあ、それくらいのハンデはくれてやってもいいがな。」

頷くラスカ、ふんぞり返るソヨゴ。しかし、その様子を隣で見ていたラサが意味深な表情で笑ったのに
気が付いた者はいないようだった。

「では、各自中継点まで移動開始! 遅れるなよ!」
「おう、頑張れよラスカ!」
「みんな、しっかりね。期待してるから!!」
「無茶はするんじゃないよ!」

フェイリークの号令一下、観衆の歓声の中移動を始める選手たち。かくして、ラスカにとって長い長い
一日が始まったのだった。


ROUND TRIP(後編・1)へ

<なかがき>
『Boarding Pass』の続編、『ROUND TRIP』はここでひとまず区切りとします。最近また暗い話が続いたので「明るい話も書かなくちゃ・・・」と挑戦したんですが、既にこの前編だけで普通の中編の長さになってしまいました(笑)。『後編』も近いうちに書きますので、どうか今しばらく(?)お待ちください。

なお、詳しいことは前後編を通じた「あとがき」に書く予定ですのでここでは簡単な解説だけを。
『ROUND TRIP』というのはDIMENSIONというフュージョングループの曲です。そうです、いつぞや日記で大絶賛した曲で、今僕が「一番好きな曲は?」と訊かれたら間違いなくこの曲を挙げると思います(・・・そうか、妙にこの話が長くなると思ったらそういうことなのか(爆笑))。で、題名の“ROUND TRIP”というのは野球用語でホームランのことです(この曲はテレビの野球中継のテーマ曲として使われたこともあるので、野球好きの方なら耳にされたことがあるかもしれません)。ダイヤモンドを一周して帰ってくるのでこういう言い方をするのだと思いますが、ここはそれを「大陸一周」という意味に解釈して、各国の風土紹介を兼ねた(・・・兼ねる予定)こんな話を書いてみました。
・・・って、まだ「大陸一周レース」は始まってませんね(笑)。元ネタの曲の曲想も、実際には「空を飛んでいるシーン」にシンクロするものですので、後編でその雰囲気を出せるよう頑張りたいと思います。

あとはキャラクターについてちょっと補足。
冬軍の「凩隊」のメンバーですが、今回は全て「モチノキ科」から名前をとりました。隊長のソヨゴは漢字では「冬青」と書きます。また、トレベスの預かっている木竜たちの名前は、英語の前後左右(rear・front・back・side)からもじってつけました。ははは、単純ですな(笑)。
それから、今回は以前の作品からの登場キャラクター(『Boarding Pass』は除く)が二人登場しています。水の精霊ライナリュートと暗竜トトがそれで、前者は旧「日記帳」から、そして後者は「絵巻物」の『カントリー・ロード』からの登場です。トトはあの後もコーセルテルに留まり、次の暗竜術士となったカレルの支えになっていたんですね(・・・性格は変わっていないみたいですが(笑))。

それでは、これで前編終了です。後編もご期待ください!