北風  プロローグ    2    エピローグ

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「うーん、難しいな・・・」
「そうそう、そんな感じですよ。あと一息。」
「・・・よしできた。ほら、今度はどう?」

パキィィン・・・。
「どうだ」と言わんばかりにラナイの方に差し出された氷の結晶は、あっという間にアズサの手の上で
粉々に砕け散った。

「あー・・・」
「惜しい。でも、形を作るところまではできるようになったんですから、もう少しですよ。」
「・・・だと、いいけど。」
「そうですよ。」

肩を落としたアズサを励ますように、ラナイは殊更に明るい声を出した。
剣を教わる見返りとして、いつしかラナイはこうしてアズサに術の手ほどきをするようになっていた。
二人が知り合ってから既に三年・・・ラナイが使える術はほんの初歩のものに過ぎなかったが、それ
すらもアズサは意のままにすることができないでいた。

「前から不思議だったんだけど。ラナイ、お前はどうしてこうした術が使えるんだ?」
「いやだなあ師匠、術って言ってもほんの小さなものだけですよ。例えば・・・」

とラナイは小さな氷の結晶を作ってみせた。アズサのそれとは違い、こちらはすぐに砕けたりすることなく冬の光の中眩くきらめいた。

「この程度のね。」
「それにしてもだ。お前は普通の人間なんだろう?」
「ああ・・・そういう意味ですか。なんでもね、この国の人間は大昔メクタルっていうところから移住して
きたらしいんです。そこの出身者は術に秀でた人が多いって話ですし、色々な種族との混血も進ん
だって・・・もしかしたらそのせいかも知れませんね。」

にっこりするラナイ。

「ふーん。でも、生粋の精霊のあたしが術に苦労してるってのに・・・何だか釈然としないな。」
「ははは、人には得手不得手というものがありますからね。僕だって、せっかく師匠に教わっているのに
剣技がなかなか上達しないわけですし・・・」
「ちょっと、それはひょっとして・・・あたしの術がなかなか上達しないって意味?」
「え、いやそんな・・・考え過ぎですって。」
「ふん・・・いいんだ、分かってる。」

傍らの岩に寄りかかりながら、アズサは小さな溜息をついた。

「この地に来てからもう随分になるけど、未だに寒気の一つも呼べた試しがないんだ。いくら剣の腕が
立っても、こればかりはどうしようもない・・・やっぱりあたしには、一兵卒の方が性に合ってる。寒気団
団長なんて、手に余るだけだ。」
「諦めるのはまだ早いですよ。大器晩成という言葉もありますし・・・」

とラナイが慰めの言葉を口にしたとき、城の方からの銅鑼の音が響いた・・・それが三度。表情を
引き締めたラナイは、アズサに一礼するとこう切り出した。

「師匠、すみません・・・召集がかかりましたので、僕戻ります。」
「何だ、どうした?」
「例の領土問題、とうとう交渉決裂ということになって・・・多分、近いうちに戦闘が始まるんだと思い
ます。」
「そうなのか。・・・そうだラナイ、あたしも一緒に行こうか?」
「いけません。」

いつもの柔らかな物腰からは想像もできないようなはっきりとした声で、アズサの申し出を断るラナイ。
アズサはそんなラナイの様子に思わずたじろいだ。

「これは、僕ら人間同士の問題です。精霊である師匠に助けてもらうわけにはいきません。」
「でも・・・」
「大丈夫、簡単には負けませんよ。・・・まだまだ師匠には教わりたいことも、お教えしたいこともたくさん
ありますからね。」
「・・・・・・。」

唇を噛んでうなだれるアズサ。その様子を眺めていたラナイは、努めて明るい調子で再びアズサに
話しかけた。

「そうだ、できるなら・・・師匠に一つお願いがあります。」
「何だ? 何でも言ってくれ。」
「今回の戦争の原因はロランの港やリュネル湾が氷結しなくなったことにあるんです。ですから、もし
昔のような寒さが戻ってきたなら・・・戦争の原因がなくなるんです。」
「じゃあ、もしあたしが・・・」
「ええ。師匠の力で戦争を終わらせることができるかも知れないんです。・・・これは、師匠にしか
できないことです。」
「でも、今まで一度も上手く行った試しがないし・・・」

不安そうな様子を隠せないでいるアズサに向かってラナイはにっこりすると、自らの鉢巻を解いて
差し出した。

「これは・・・?」
「戦いの間、これを師匠に預けておきます。必ず戻るという誓いの証に・・・」

話している間にも、市街の方からは喊声と大きな物音が連続して響いてきていた。敵軍が城に迫る
のも時間の問題に違いない・・・城の方角にちらりと目をやると、ラナイは早口で続けた。

「もう時間がありません。全ての術の基本となるのは精神を集中することです・・・そう、刀を遣う場合と
同じなんですよ。師匠の場合は必要な『力』は充分持ち合わせているはずですから、それを一点に集中
させることができれば、どんな術でも意のままに使えるようになるはずです。難しいときは、刀を使えば
上手くいくんじゃないかと思いますよ。」
「そうか。・・・試してみる。」
「はい。では、健闘を祈ります!」
「ラナイ!」

走り出したラナイをアズサは思わず呼び止めた。振り向くラナイ。

「・・・死ぬなよ。」
「ええ。また、後で・・・!」

ラナイは自分の剣を僅かに持ち上げて見せると、そのまま城の方へと走り去っていった。


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