北風  プロローグ      3  エピローグ

 −3−

(大事なのは精神の集中・・・か。刀を使えばいいと言ってたな)

渡された鉢巻を左腕に巻いたアズサは、ラナイの姿が見えなくなると七星刀を鞘から抜き放って構え、
そのまま目を閉じた。

(考えてみれば、今までは漠然と雪を呼ぼうとしていただけだった。術も刀を遣うのと基本は同じ・・・と
いうことなら・・・)

しばらく考えた末アズサが思い付いたイメージは、自分の刀の先端に『力』が集まり、それが天へと
昇華するというものだった。

(・・・・・・)

無言のまま不動だにせず精神集中を続けるアズサ。それは実に一時間にも及んだ・・・と、ふいに風が
吹き始める。本来この時期猛威を振るっているはずの風・・・この地に雪と氷をもたらすべき北風が。

(・・・できた!)

目を開いたアズサは、そのまま刀を天に向かってかざした。吹き付ける北風の温度が急激に下がり、
同時にその勢いも家々を揺るがすほどに強くなる。
実に三十年ぶりの寒波。「常春の都」と呼ばれて久しいニカイアを、動くことすら困難に感じさせる
ほどの寒気が覆っていく。この分だと程なくリュネル湾も凍結し、最早意味のなくなった戦いは終結
するに違いない。

(師匠・・・お見事です! 今度は僕の番ですね・・・!)

寒風吹きすさぶ城内で、ラナイは空を見上げるとにっこりした。既に城門は破られ、圧倒的な敵の
兵力を前に状況は既にどこをとっても絶望的ではあったが、ラナイは最後まで諦めるつもりは
なかった。師に約束したからだ・・・必ず、生きて戻ると。

(待っていてください、師匠!)

どんよりと曇った空から、粉雪が舞い始めていた。その中を、ラナイは教えられた通りに剣を構えると
迫り来る敵兵の集団の中へと突っ込んで行った。


 *


「やりましたね、師匠・・・」
「!!」

ふいに後ろから声をかけられて、アズサはそちらを振り向いた。そして、出会ってから恐らく初めてと
なるであろう笑顔を、少し離れたところに立っていた声の主・・・ラナイに向けた。

「ラナイ! いつの間に戻ったんだ?」
「・・・・・・」
「すべてお前のおかげだ。これで、胸を張って冬軍に復帰できる・・・礼を言うぞ。」

その様子を眩しそうに眺めていたラナイは、やがて何も言わずにうなだれた。

「・・・どうしたんだ? 無事に戦いは終わったんだろう?」
「ええ。ですが・・・少し手遅れでした・・・」
「手遅れ? 何を言っている。」
「期待通り、敵は引き揚げました・・・ですが城は落ち、中にいた者は皆殺しになりました・・・城内に避難
していた国民も含め、その全てが・・・」
「でも、現にお前はこうしてここに・・・」

ふと感じた嫌な予感に、アズサはラナイの方へ急いで駆け寄った。

「最後に一目お会いしたくて・・・ですが、どうやらここまでのようです・・・」
「おい、ラナイ・・・」
「約束を破ることになってしまって・・・申し訳ありません・・・」

最後にそう言うと、いつものようにラナイはアズサに向かって一礼し、手を差し伸べたアズサの目の
前でふっとかき消えた。

「そ・・・んな・・・」

しばらくの間呆然とその場に立ち尽くしていたアズサは、やがて無言で七星刀を自分の目の前に
かざし、意識を集中させた・・・と見る間に一帯の気温が下がり始め、やがて氷晶となった空気中の
水分が太陽の光にきらめいた。

七星刀とアズサ(崎沢彼方さん作画)

(あたしは・・・)

ダイヤモンドダスト。一年を通じて冬軍の支配下にある北の地でも滅多に見られない現象である。
これを意識的に起こすことができるほどの高レベルの術を扱うことができるのは、冬軍の中でも
ほんの一握りであると言われている。

「団長!」
「これは・・・どうされたんですか!」

一連の異状に気付き、いつの間にか部下たちが集まって来ていた。だが、アズサは驚きに目を見張る
彼らを無視したまま、さらに自らの術の威力を強めていった。

(あたしはっ・・・こんなことをするために、術を使えるようになったんじゃない!!)

いつしか一帯は冬の精霊でさえたじろぐほどの低温と猛吹雪に覆われ、街や城、そして戦闘の跡・・・
かつてこの地に人間が生活していたことを示すものは瞬く間に厚い雪と氷の下に閉ざされていった。
そう、あたかもそれは純白の経帷子を着せるように・・・。

「団長・・・」

ようやく振り返ったアズサは、頬を伝う涙を拭おうともせずに部下たちに対してこう告げた。

「今現在より、この地はリュネル寒気団団長である私の直轄下に置く。何人たりとも、この地に足を
踏み入れることは許さん・・・例えお前たちでもだ。」
「はっ!」
「この地を覆う氷が融けることは、私がこの地を預かる限り二度とない。そう・・・二度とな。」





こうして、かつて「常春の都」と呼ばれた街は、厚い氷の下に眠ることになったのだった。この地を
支配する冬の精霊の想い人と共に・・・いつまでも。


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