北風  プロローグ        エピローグ

北風


 −プロローグ−

「よーし。準備体操が終わったら、湖の周りを一周して来い。・・・気合い入れて走れよ!」
「おう!」
「はーい!」
「・・・ちぇっ。」

ここはいつもの剣の訓練場になっている広場。指導に当たる冬の精霊カシの号令に、生徒たちが
次々に走り出していく。
先頭を切るのはいつものように火竜のメオと風竜のグレイス、そのすぐ後から訓練生の紅一点・
光竜のマリエルと地竜のロービィが続く。

「おし。じゃ、行くか!」
「今日も勝負だ!!」
「へっへっへ、まだまだお前なんかにゃ負けないぜ。」
「なんだとお!?」

と賑やかなメオとグレイスの様子をげんなりした様子で眺めながら、木竜のロイはその後を追った。
傍らには水竜のリリックの姿があったが、これまた表情が実に冴えない・・・もちろん、二人とも剣術の
訓練が得意でもなければ好きでもないとくれば無理もない。

「あーあ・・・みんな元気だよなあ。何でそんなに楽しいのかな・・・」
「しっ! そんなことエレに聞こえたら・・・」
「そ、そうだった。」

と慌てた様子の最後の二人が走り去るのを眺めながら、カシは傍らに立っていた水竜術士のエレに
声をかけた。

「おい。・・・ランバルスとか言ったか、竜術士の中で最強の男はまだ寝込んでるのか?」

その言葉を聞いて、エレは複雑な笑顔を浮かべた。

「そうね・・・寝込んでいるというか、何というか・・・」
「なんだ、はっきりしろよ。・・・足を折ったんだとばあさんから聞いてるが。」
「ええ、両足を複雑骨折。そっちの方はもう随分良くなったみたいなんだけど、問題が別にあるのよ。」
「問題?」

木剣を肩の上に担いだまま、カシはエレの方に向き直った。

「ユイシィ・・・ランバルスの補佐竜なんだけど、彼女が頑としてランバルスの外出を認めようとしない
のよ。もっとも、一度外へ出るようになったらまた家にいないことが多くなるから、気持ちも分かるん
だけど。」
「そうなのか。そりゃ残念だな。」
「ええ。・・・カシ、あなたまだランバルスと手合わせしたいって言うつもり?」
「当然だろう!」

とカシはいつものようにふんぞり返った。

「剣術でも、コーセルテル一に勝たなきゃ意味がない。」
「術では負けっぱなしですもんね。」
「う・・・うるさい!」

エレがくすっと笑う。赤くなったカシは、気を取り直したようにこう続けた。

「それに、そいつの剣術は自己流なんだろう? どんな流儀なのか興味があるしな。」
「・・・そう言えばカシ、あなたどこで両刃剣の扱いを覚えたの?」
「ん?」
「冬軍が使うのは片刃の『刀』よね。最初に手合わせした時意外に思ったわ・・・あれは『刀』じゃない
流儀が混じってるわね。」
「分かるのか、さすがだな。」

頷いたカシは、遠い目になるとクランガ山の遥か彼方の北の空を眺めた。季節はもうすぐ秋から冬に
なるところで、静かなたたずまいを見せる湖の方からひんやりした空気が漂ってくる。

「冬軍北都には四つの寒気団があるんだが・・・この剣の扱いは、その一つであるリュネル寒気団を
預かる団長直伝なんだ。」
「じゃあ、ちゃんと師がいるってこと?」
「そうなるな。こいつがまた女のくせにバカ強くてな、冬軍の中で俺が今まで勝てなかったのは冬将軍と
この団長だけだ。」
「あなた、冬将軍にも勝負を挑んだことがあるの? ・・・呆れた。」
「当然だ、全ての相手に勝ってこそ『最強』と名乗れるってもんだろう。」

心底呆れ返った様子のエレに向かって、カシはにやりとして見せた。

「でも、その団長さんはどうして両刃剣の扱いを知っていたのかしらね。」
「さあな。俺は知らんよ・・・」

と答えたカシとエレの傍らを、少し気の早い北風が吹き抜けていった。


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