September
プロローグ
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3
エピローグ
−2−
「へえ・・・じゃあやっぱり、あなたトラガの出身なのね!」
高名な鍛冶の里の名を聞いて、フィナは目を輝かせた。
ここはロトルア北西部の山岳地帯の一角。焚き火を前に、フィナと青年――――名はイフロフといった
――――は向かい合って座っていた。季節はまだ夏の終わりとあって気候は暖かく、天気も良好と
あって野宿には何の心配もない。見上げれば満天の星が輝き、周囲からは虫の声の大合唱が響いて
くる。
もちろん、街道から離れたこんな場所で二人が野宿することになったのには、それなりの訳があった。
筋金入りの商人であるフィナにとって、旅の費用を切り詰めることは当然のこと。関所があり、余計な
費用と時間がかかる街道筋を避けて旅をする・・・という彼女の提案は、体力があり地理に明るい者
ならば頷けるものであった。
もちろん、わざわざ「道なき道」へ踏み込んでいくことなど、こちらも筋金入りの方向音痴であるイフロフ
にとっては自殺行為以外の何物でもなかった。「女性に野宿をさせるわけには・・・」と何とかフィナ翻意
させようと懸命になったイフロフだったが、その涙ぐましい努力も「あたしは慣れてるから平気よ!」と
いうフィナの一言で片付けられ、こうして今に至るわけである。
「ってことは、このつづらの中身は・・・」
「ああ、私自身の作だ。」
「すごいじゃない! あたし、もう十年以上こういうものを扱ってるけど、こんな上等のものには滅多に
お目にかかったことがないわ!」
「そ・・・そうか?」
「そうよ! ・・・ねえイフロフ、良かったらあたしと契約しない? あなたの作ったものだったら、引く手
あまたよきっと!!」
フィナの手放しの賞賛に頬を緩めていたイフロフの顔に、この一言ですっと陰が過ぎった。
「すまんが・・・それはできない。」
「えーっ、どうしてよ!? まさか、もう誰かと・・・」
「いや、そういうわけではないが・・・」
「じゃあどういうわけよ。」
しばらく黙っていたイフロフは、やがてポツリと一言だけ答えた。
「・・・もう私は、人の傍では暮らせない。」
「何よそれ。まさか、火山に投身自殺をしにいくつもりなの?」
「いや・・・。」
視線を外し黙り込むイフロフ。その様子を見て、フィナは溜息をつくと話題を変えた。
「まあいいわ。じゃあ、その剣について聞かせてよ。」
「剣?」
「ええ。それも上物のようだけど、からっきし剣が使えないあなたが持っているのはどうしてなの?」
イフロフは、自らの腰に提げていた剣に目をやった。
昼間、街道で喧嘩を吹っかけられた際、フィナを守るべくイフロフはその剣を抜いたのだった。だが、
結果は惨々たるもの・・・大体、剣を振ったときにつんのめっているようでは、どんな名剣も形無しで
ある。結局、その場はフィナの交渉術と、相手に幾許かの金を渡すことでで事無きを得ることが
できたのであった。
「これか・・・。まあ、お守りのようなものだ。」
「お守り?」
「そうだ。・・・これを持っていることで、少しでも争いごとを避けられればと思ったのだが・・・」
「さっきは逆効果だったみたいだけどね。」
「そのようだな。」
そう言ったきり、再びイフロフは口を閉ざした。端正な横顔が焚き火の照り返しに揺らめき、薪の爆ぜる
音と周囲の虫の声だけがやけに大きく響く。辛抱強く次の言葉を待ったフィナだったが、イフロフが再び
口を開く気配はなかった。
(これじゃ、間が持たないわ・・・)
いたたまれなくなったフィナが違う話題を振ろうと口を開こうとしたその時、イフロフがポツリと言った。
「実はな・・・」
「え?」
「これも、私自身が打ったものだ。・・・本職は、こっちだったんだ。」
意外な告白に、フィナは思わず身を乗り出すとイフロフに食ってかかっていた。
「どうして・・・どうしてなの!? 鍋釜を作るよりも、よっぽどできる人が少ない仕事じゃ
ないの!!」
「・・・怖くなったんだ。」
「怖い?」
「そうだ。・・・剣は、人の命を奪うことしかできない。どう正当化しようとも、やることはいつの世も同じ
・・・ただの人殺しだ。それに加担していることに、耐えられなくなったんだ・・・。」
「・・・・・・。」
昔のことを人に話すのは初めてだった。だが、深い琥珀色の瞳に見つめられると、不思議と心が軽く
なる気がした。
「だが、質のいい武器を作る職人は国にとっても重要。そして他国に奔られればそのまま脅威となる。
武器を作ることを拒否した私は命を狙われることになった・・・。」
「・・・まさか、さっき言ってた『人の傍で暮らすことはできない』って・・・」
「ああ。さっき、この剣を持っているのは『お守り』にしているからだと言ったな。本当は・・・」
最後の声は、周囲の虫の声にかき消されそうだった。
「これが・・・見せしめに殺された家族の、形見のようなものだからだ。」
「そうだったの・・・。」
しばらくの間沈痛な面持ちでいたイフロフは、やがてそれを振り払うようにフィナにこんな質問をした。
「君の場合はどうなんだ・・・? 行商は、望んでしているのか?」
「そうねえ・・・ま、他になれるものもなかったし・・・ね。」
小さく肩を竦めるフィナ。
「あたしの故郷はロトルアだから・・・多分聞いたことあると思うけど、なーんにもないところなのよ。
だから、一人で身を立てようと思ったらこの仕事が一番手っ取り早かったのよね。両親も、周囲も
みんなそうだったし。」
ここまで話したフィナは、その顔にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「人を相手に商売するっていうのは面白いものよ。例え同じ人相手でも、毎回違うものを違う作戦で
売り込む必要があるし。もちろん、苦労することもあるけど・・・退屈するってことはないわね。」
「ふむ・・・。」
「さっき『仕方なくこの仕事を選んだ』みたいなことを言ったけど、そうでなかったとしても・・・やっぱり、
あたしはこういう仕事を選んだんじゃないかと思うわ。」
「私は・・・人と接するのは苦手だな。昔も、今も・・・」
「でしょうねえ。・・・あら、じゃああたしは特例なのかしら?」
からかうようにフィナに問いかけられたイフロフは、しばらく考えた後満更でもなさそうにこう答えた。
「・・・かも知れん。」
(あら、意外ね・・・)
ちょっと驚いた顔をしたフィナは、次いでにっこりした。
「ありがと。さ、もう寝ましょ。明日も早いし・・・」
「うむ。」
こうして、出会って初めての夜は更けていった。