September  プロローグ      3  エピローグ

 −3−

出会ってから五日目の早暁。焚き火を挟んでイフロフの反対側で眠りに就いていたフィナは、人の
話し声で目を覚ました。

(・・・?)

「・・・故郷に寄って差し入れを作ってから・・・って手紙をもらってから、もう二週間になるんだぜ?
世紀の超大作でも作ってたってのか?」
「それはだな・・・」
「いいさ、その理由はオレが当ててやるよ。・・・また迷ってたんだろ。」
「・・・うむ。」

くっくっと声を抑えた笑いが漏れた。声の主のうち一人はイフロフであることはすぐに分かったが、もう
一人のそれは聞いたことのないものだった。

「あんたの到着に合わせて・・・ってんで儀式の準備をしてたのによー、一向にあんたが来ないんで
長たちもいい加減カンカンなんだぜ? 火竜は気が短いからなあ・・・あんたも分かってるよな?」
「ああ・・・だがな、ウル・・・」
「ったくよ、こんなことならオレがついてきゃ良かったぜ。あんたの方向音痴っぷりも、ここまで来ると
いい加減病気だと思うぜ?」
「・・・迷惑をかけてすまんな。」

しばらくの沈黙。続いて、肩を竦める様子。

じーさんもよく言ってたけど、・・・あんたってホント火竜術士らしくないのな。素質があるのか疑わしく
思えてくることがあるぜ。」
「そ・・・そうか?」
「ホラ、そういうところがさ。普通だったら『何だとお!?』って反応が返ってくるトコだぜ。」
「・・・・・・。」
「まあいいや、じゃあ行こうか。長たちがキレないうちにさ。」
「・・・そうだな。」
「あれ? あの人はいいのか?」
「ああ・・・あれは一般人だからな。私の正体は話していないし・・・。」
「へえ・・・。」

口笛の音がし、相手の声にからかうような調子が混じった。

「その“一般人”の女と、一夜を明かしておいてそ知らぬ顔をしてられるなんてな・・・イフロフ、あんたも
案外隅におけねえな。」
「バッ・・・バカなことを言うんじゃない。道案内を頼んだだけだ・・・」
「へいへい。分かってますって。」
「少し待ってくれ、置手紙と・・・そうだな、世話になった礼に二・三鍋を残していくことにするか。」
「お、例の世紀の超大作をか? そうだな、そりゃあいい。」
「ウル!」
「ほら、早くしないとお相手が目を覚ますんじゃないか?」
「・・・・・・。」

二人が立ち去ってから数分後、フィナはがばっと跳ね起きると二人が去ったと思しき方へ向かって
駆け出した。行き先は分かっている・・・きっとアークセルトの噴火口に違いない。

(イフロフの正体って・・・一体何なのかしら! もう一人のことも気になるし・・・)

野宿していた場所を少し離れると林は途切れ、荒れた岩肌が目立つようになっていった。一面に
うっすらと積もっている火山灰に残された足跡から、二人がどこを歩いていったのかは一目瞭然で
あり、それを追って走るフィナはその顔に浮かぶ笑みを抑えられないでいた。

(こんな面白そうなこと、放って置けるわけないじゃない! 何が起こるのか見届けなくちゃ!!)


  *


「・・・今、悲鳴が聞こえなかったか?」
「いや、私には何も。・・・大体、この時期に他の人間がここに来るはずが・・・」
「しっ!! ・・・やっぱりだ、確かに聞こえた。」

竜の感覚は、人間のそれよりも数倍優れている。麓の方を振り向いたウルは、半信半疑のイフロフに
自信あり気に告げた。

「下の方だ・・・もしかしたら、あんたのお相手さんじゃないのか?」
「まさか・・・っ!!」

言うなり、イフロフはつづらを放り出して登山道を駆け下りていった。後からウルも続く・・・心の中では
にやにやしながら。

(なんだ・・・結局、ぞっこんなんじゃねえか)

アークセルト周辺の名物は温泉だった。だが、火山が噴火期に入ると普段は丁度いい温度で湧き
出しているそれが、間欠泉として猛威を振るうのだ。高圧で地中に閉じ込められていた水の温度は
数百度にも達する・・・生身の人間が浴びてはひとたまりもないだろう。
登山道を駆け下りてきたイフロフの目に映ったのは、道の半ばで腰を抜かしているフィナの様子
だった。周囲の地表に残された水溜りの跡から、どうやら一発目は辛くも避けたらしいことが見て
取れた・・・だが、周囲には高温の蒸気が立ち込め、傍らの岩肌からは高さ半リッジにも達するであろう
熱湯が噴出していた。それがフィナの身に落ちかかるまで、もう数秒の猶予しかないだろう。

「フィナ・・・そこを動くなよ!!」

フィナを庇うように立つと、イフロフは剣を鞘から引き抜いた。人間に対していた時とはまるで別人の
ような動作で剣を構え、その表情は自信に溢れたものだった。

(なっ・・・何をするつもりなの!?)

「ウルっ! 力を貸せ!!」
「おうよ!」

ウルと呼ばれた赤い髪の青年が目を閉じ、精神を集中する。イフロフは落ちてくる熱湯の滝に向かって
自らの剣を一閃した・・・すると、瞬く間に熱湯は蒸気となって消え失せた。

「ふう・・・危ないところだったな。」
「イフロフ・・・これは? あなたの『正体』って、一体・・・!?」

ホッとした様子でフィナに向かって微笑んだイフロフは、驚いたり泣いたりするどころか、好奇心に目を
キラキラさせて自らを質問攻めにするフィナの様子に苦笑することになった。

「お・・・おい。ウル・・・」
「オレは知らねーぜ。あんたの好きにしたらいいさ。もっとも・・・」

救いを求めるように自分の方を向いたイフロフに向かって、ウルはウインクして見せた。

「もう結論は出てるんだろ?」
「うむ・・・そうだな。」
「ちょっと、何の話よ!?」

腰に手を当てて頬を膨らませていたフィナの肩を掴むと、イフロフは真面目な口調でこう言い出した。

「フィナ。前に、君と契約しないかと言われたことがあったな。・・・私と、人生の契約をしないか。」
「え?」
「一生かけて、私は君のために・・・君の望むものを作ろう。どうだ?」
「おおお、イフロフにしてはなんて気の利いたセリフ!!」

というウルの冷やかしにもめげず、イフロフはフィナの瞳をまっすぐに覗き込んだ。その真意をすぐに
理解したフィナは、イフロフに抱きついた。

「もちろん・・・望むところよ!!」
「そうか。」
「ただし・・・」

ここでフィナは輝くような笑顔を浮かべると、指を一本立てこう宣言したのだった。

「今回は鍋の出所だけじゃなくて、あなたのことも教えてくれたらよ!!」


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