Rendezvous  1         

Rendezvousランデヴー


 −1−

その男とセリエが二度目に会ったのは、残暑も収まってきた毒竜の月も末になった頃だった。

「ただいま、セリエ!」
「アステルか。・・・今戻ったのか?」

かけられた声に、構えていた短剣を下ろしたセリエは表情を和らげた。振り向いた彼女の瞳に、
笑顔で歩み寄ってくる相手の姿が映る。
先代の竜王の竜術士であり、セリエが今も敬慕して止まない『明星』ユーニス。彼女と、現フェスタ
国王である風竜アイザックとの間に儲けられた一人息子が、このアステルだった。現在はメクタルの
首府チェルヴィアに設けられた、竜術士募集のための施設『招賢閣』の長官として当地に赴任して
おり、普段は故郷であるロアノークから遠く離れた地で一人、多忙な日々を送っているのだ。

「久しいな。お前と会うのは、半年ぶりか。」
「そうだね。いやー、これでも休みをもぎ取るのに苦労したんだよ。」
「以前は、何年も帰らぬことがあったらしいからな。・・・もしや、何かこちらに“お目当て”のものでも
できたか?」
「あはは・・・ま、そんなところだよ。」

明るく笑ったアステルが、セリエの手にしている短剣に目をやった。

「ところで、今のは何の稽古?」
「ん? ああ・・・短剣を投げる訓練を、ちょっとな。」
「ふーん。ひょっとして、父さんが言ってた君の“奥の手”ってやつ?」
「そうだ。ここは毎日が平和だからな・・・こうやって、日頃から鍛錬を怠らぬようにしないと、腕が鈍って
しまう。」
「それは、言えてるかもね。」

連れ立って、本殿へと向かう。先に立って歩くセリエが、アステルの方をちらりと振り返った。

「しかし・・・お前も暇な奴だな。私に声をかけるより前に、やることがあるだろう。」
「やること・・・って?」
「いや、竜王に挨拶をするとか、兄弟たちに会うとか・・・」
「ああ、そういうこと。」

セリエの言葉に、アステルは笑顔で首を振った。

「どうせ父さんは、執務の真っ最中だろうからね。姉さんたちも、どこにいるのかはわからないし。」
「しかし・・・お前の兄弟たちの居場所など、私にも皆目見当が付かんが。」
「そうだね。とりあえず、父さんの私室に行ってみようか。」

宏大な規模を誇る、フェスタのロアノーク宮殿。その本殿は、その名の通り宮殿のほぼ中央に位置し、
四隅の望楼を除くと概ね二階建ての単純な構造をしていた。日頃竜王が執務を行う“大広間”と
呼ばれる部屋は二階にあり、その私室も同じ並びに設えられていた。
階段を二階へと上がり、竜王の私室へと足を踏み入れる。中には、期待通りアステルの姉に当たる
面々―――――ユーニスの一番竜である風竜エリカ、四番竜の地竜ヴィスタ、五番竜の水竜
フェルム、そして七番竜でセリエの一番の親友でもある光竜エクル―――――の四人の姿が
あった。
机を囲んでいたらしい四人は、セリエとアステルが部屋に姿を見せると同時に立ち上がった。だが、
アステルの来訪を歓迎する言葉を口にしながらも、その目に一様に動揺の色があるのを、セリエは
見過ごさなかった。

(・・・?)

心の中で首を傾げていたセリエに、最初に声をかけてきたのはヴィスタだった。

「それより、セリエ。この部屋に、何か用ですか?」
「用・・・というわけではないが。外でアステルと会ったのでな、こうして―――――」
「では、もうここにいる必要はないのですね。済みませんが、部屋の外へ出ていってくれませんか。」
「・・・ヴィスタ。私がここに居ては、まずい理由でもあるのか?」
「ええ、その通りです。今日は、私たちは“家族水入らず”の時を過ごすために集まったのですから。」
「・・・・・・。」

ヴィスタに即答され、セリエは一瞬唖然とした。
普段から顔を合わせる度に何だかんだと口論が絶えない二人だったが、こんなに直截的な物言いを
されたのは、恐らく初めてのことだろう。

「そうか。そんなに、私が邪魔なんだな?」
「・・・・・・。」

言いながら、部屋にいた四人を睨み付けるセリエ。目の前に立ち塞がるようにしているヴィスタを除き、
残りの三人は済まなそうに眼を伏せただけだった。・・・面と向かって罵倒されるより、こうした反応の
方が余程堪える。

(・・・・・・)

しかし、少し考えてみれば、これは当たり前の話だった。
竜王であるアイザック、その妻だったユーニスに育てられた七人の子竜たち、そして実の息子である
アステル。彼らは誰もが認める“家族”であり、自分だけが余所者・・・それも、元はアイザックの命を
狙う暗殺者だったのだ。いくら自分が、竜王に最も近しい人間である“竜王の竜術士”に選ばれたとは
言え、その家族の輪の中にまで迎え入れられることを期待するのは、やはり無理があった。
しかし、南大陸で暮らし始めてもう一年だった。この地の生活に慣れ始めていたセリエにとって、やはり
面と向かって見せ付けられるには辛い現実だった。

「・・・分かった。私が、出ていけば良いのだな。」
「セリエ! 子竜たちは、あたしが面倒見るからね?」
「ふん。好きにするがいい。」

面を伏せたセリエは、エクルの言葉に吐き捨てるように返事をした。そして、くるりと踵を返すと足音荒く
廊下へと出ていったのだった。


  *


「セリエ・・・セリエ! 待ってよ!」
「何だ!!」
「ぼくとデートしない?」
「はぁ!?」

背後からかけられた声に噛み付くように怒鳴り返したセリエは、アステルが次に口にした予想外の
言葉に口をぽかんと開けた。

「デート・・・というと、逢引のことだろう?」
「まあ、そうなるかな。」
「何故私にそんなことを訊く!! 逢引とは、好き合っている男女が行うものだろうが!!」
「セリエは、ぼくのことが嫌いなの?」
「いや・・・それは。嫌い・・・というわけではないが。」
「だったら、いいじゃないか。」

途端に歯切れが悪くなったセリエの隣で、アステルがにっこりと笑う。その横顔を目にしたセリエが、
たちまち赤くなった。

「だ・・・大体な! お前、皆と共に居なくて良いのか!? ヴィスタが言っていただろう、家族
水入らずだと―――――」

「それがさ、ぼくも邪魔だって追い出されちゃった。ひどいよね。」
「・・・・・・。」
「とりあえず、ここを出ようか。」
「あ、おい! そんな、勝手に―――――!!」
「いいからいいから。」

さらに言い募ろうとしたセリエを、アステルがひょいと抱き上げた。そのまま目を閉じると、自らの
風竜術を発動させる。次の瞬間、その場から二人の姿は跡形もなく消えていた。


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