Rendezvous
1
2
3
4
5
−2−
「それで。これから、どうするつもりだ?」
「うーん・・・そうだなあ。」
宮殿から二人が移動したのは、ロアノーク市街の目抜き通りだった。アステルの腕の中から逃げる
ようにして地面に降り立ったセリエが、腰に手を当てるとアステルを睨み付けた。
「初めに言っておくがな。私は、世間一般で言われているような、退屈な逢引に付き合う気はない
からな!」
「まあ、それ以前に・・・まずは、その恰好を何とかしないとね。」
セリエの全身を思案気に眺めながら、アステルが言った。
竜王の竜術士の正装は、人目を惹く。セリエの場合は比較的落ち着いたデザインのものであるとは
言え、使われている布地やその仕立て、あるいは身に着けている簪を初めとした装飾品は、誰の
目にも一級品と判ってしまう代物だ。ここでセリエの正体・・・竜王の竜術士であるということが
知られてしまえば、大変な騒ぎになることは目に見えていた。
幸いにと言うべきか、竜王の竜術士になって以来、セリエは宮廷内を除くとほとんど国民の前には
姿を見せていなかった。宮廷内にも地竜族を中心にセリエに対する根強い反発の声が残って
いること、並びに竜術自体もまだ習得途中であるためだったが、これは取りも直さず、一旦宮廷の
外に出てしまえばセリエの顔を見知っている者はほぼ皆無ということでもあった。つまり、その
外見にさえ気を遣えば、その正体を見破られてしまう危険性は少ないということだ。
「刺青はまあ、仕方ないとして・・・うん、まずは服を買いにいこうか。」
「服を変えるのか? 何故だ。」
「いや、その格好じゃ目立ちすぎるだろう。行く先々で注目の的になりたいのかい?」
「・・・うむ。それは困るが・・・」
「だろう。それにさ、この機会にいつもと違う服を着てみるのも楽しそうじゃないか。」
戸惑いの表情を隠せないセリエに向かって、アステルが言う。いつも通りの陰りのない笑顔と相まって、
どこまで本気で言っているのか見当も付かない。
「ああそれから。大事なことを忘れてた。」
「?」
渋々歩き出したセリエの後ろで、アステルがぽんと手を叩いた。
「君は、北大陸にいた時は間者だったんだよね。任務のときに使ってた名前とかないのかい?
まさか、本名を名乗ってたわけじゃないんだろう。」
「まあ、そうだな。任務の時は・・・大抵は“リンカ”という名を使っていたが。」
「ふーん、リンカ・・・か。」
考える様子だったアステルが、不意ににっこり笑うと頷いた。
「それじゃ、今日一日は君のことはそう呼ぶからね。」
「何だと!? アステル、それは一体―――――」
「君はずっと宮廷にいたから、国民にその姿はほとんど知られていないけど・・・竜王の竜術士に
なったときに名前は発表されたから、それを覚えている人も多いと思うんだ。」
「それは、そうだが・・・」
「正体がバレたら、色々と面倒だしね。気楽なデートが台無しになっちゃうだろ。だから、さ。」
「ううむ・・・。」
腕組みをして唸り声を上げたセリエは、ややあって仕方なさそうに小さく頷いた。
「じゃ、行こう・・・リンカ。」
「ん・・・うむ。」
僅かに頬を染めたセリエが、差し出されたアステルの手を取った。その横顔は、ほんのりと赤く
染まっていた。
*
「しかしまあ・・・大した賑わいだな。」
「そりゃまあ、ここがフェスタの首都だからね。・・・どう、アルバのカナネアと比べて。」
「比にならん。向こうも人はそれなりに多かったがな、街並みが全然違う。」
「へえ? どういう風に違うんだい。」
連れ立って街の目抜き通りを歩く。通りに溢れる人々、そして建ち並ぶ瀟洒な建物の数々。通りの
両側に目を配っていたセリエは、アステルの問いに振り向いた。
「向こうの都市は、基本的に“城”の中にある。従って、敵に攻め込まれた時のことを考えて街路は狭く
するし、また複雑な組み方をするのが普通なんだ・・・防衛線として活用するためにな。事実、長い
戦乱を経てきた東部の諸都市の中には、そのような事態に陥ったものが少なくないのだ。」
「ふーん。」
「だから。このように幅が百リンク以上もあり、また見渡す限り真っ直ぐな道など論外だった。少なく
とも、向こうの常識ではな。」
ここまで言ったセリエは、僅かに眉を寄せた。
「大体、お前たちの宮殿だってそうだ。何なのだあの庭園は。」
「え? ひょっとして、趣味が悪いとか?」
「違う。あのように鬱蒼とした木々が城の内部にあっては、敵が潜むのに格好の場所になると私は
言っているのだ。」
「あー・・・。言われてみれば、確かにそうだよね。」
「お前なあ・・・」
素直に頷いたアステルの様子に、セリエは呆れ返った顔で溜息をついた。
アステルだけではない。この国の者は、上から下までどこかこうした“平和ボケ”した部分がある。
それはセリエにとって大概の場合腹立たしく、また時に羨ましい。
「あ、着いた。さっき言ってたのは、ここのことだよ。」
とある建物の前で立ち止まったアステルが、セリエを差し招いた。建物の看板を見上げながら、
セリエが言う。
「お前は先程、服を買う・・・と言っていたな。つまりここは、服を売っている店ということになるの
だろう?」
「そうさ。・・・ひょっとして、服を買ったことがないのかい?」
「そうだ。我等ザイン一族の間では、若い娘が布を織り、それを各自が縫い合わせて服を作る。他の
者から買うことなどないのだ。」
「ふーん・・・。」
扉を潜り、建物の内部へと足を踏み入れる。店内を見回していた二人の方へ、店員と思しき水竜が
笑顔で近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。何か、お探しでしょうか。」
「ああ、うん。この人に、普通の服を買ってあげたいんだけど。」
辺り一面にこれ見よがしに飾られている、豪奢で煌びやかなドレスの数々。自分の傍らで周囲の
商品に目を奪われているセリエに目をやり、アステルはくすりと笑った。
「この格好じゃ、さすがに目立っちゃうよね。」
「そうですね。しかし、これはまた見事な・・・。ひょっとして、宮廷関係者の方ですか?」
「まあ、そんなところだよ。だから、“お忍び”用の服が欲しいんだ。」
「かしこまりました。では、三階へどうぞ・・・。」
『三階?』
店員の言葉に、我に返った様子のセリエとアステルは、揃って壁に掲げられていた案内板に目を
やった。
しばらくして、震える声で店員に問いかけたのはセリエの方だった。
「おい。三階の案内に“子供服”とあるのは、私の気のせいか・・・?」
「ええ、そうですが―――――」
ぢゃきん。
頷いた店員の喉下に、すかさず短剣が突き付けられる。驚愕の表情を浮かべた相手に向かって、
顔を真っ赤にしたセリエは大声で怒鳴った。
「私は子供ではないッ!! 分からんのか!? 当年とって二五歳だこの
唐変木!!!」
「は・・・はあ!? こ、これは大変しっ失礼いたしました! で、では、四階の紳士服売り場
へ―――――」
「しかも女だッ!!! くっ・・・どうしても、死にたいようだなこの・・・」
「う・・・うわああああ!!」
「リンカ!!」
「ぐ・・・」
さらに墓穴を掘った店員の襟首を掴み上げ、短剣を振り上げたセリエは、アステルの言葉にその
動きをぴたりと止めた。
確かに、ここで騒ぎを起こせば“デート”どころではなくなってしまう。それだけではない。万が一
刃傷沙汰ともなれば、竜王の竜術士としての自分の人格までもが問題にされるだろう。
大体、宮殿でのミリオに関する騒動で、もう少し我慢をすることが大事だと自ら誓ったのでは
なかったか。
(平常心、平常心だ・・・ッ!)
何とか短剣を懐に収めたセリエは、床にへたり込んだままの相手に鋭い一瞥をくれた。そのまま
相手に背を向け、何事もなかったかのようにすたすたと歩き出す。その後姿を呆然と見送っていた
店員を抱き起こしながら、アステルは相手にぺこりと頭を下げた。
「ああ・・・その、大丈夫ですか。」
「い・・・今のは、一体・・・?」
「すいません。あの人も悪気はないんですけど、どうも子供だって言われるのが我慢できないらしくて。」
アステルが苦笑したとき、階段の踊り場の方からセリエの怒鳴り声が聞こえた。
「行くぞアステル!! 何をぐずぐずしている!!」
「あ・・・ああうん。・・・じゃ、そういうことで。ご迷惑をおかけしました。」
「・・・・・・。」
もう一度店員に頭を下げ、アステルは階段の方へと駆け出していった。喉に手をやった水竜は、
ぞっとしない表情でその後姿を見送ったのだった。