Rendezvous
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既に陽は大きく西に傾き、空は茜色に染まろうとしていた。
二人は、ロアノーク市街の南西に位置する小高い丘の上に立っていた。眼下には、世界一の規模を
誇ると言われるロアノークの街並みが広がり、視線を上げれば、世界最大の内海であるセルティーク
海の穏やかな佇まいを目にすることができた。
(・・・・・・)
初秋の涼やかな微風に、セリエの長い後ろ髪が僅かになびく。それを軽く押さえながら、セリエは
周囲の様子にちらりと目をやった。どうやらここはロアノーク近郊でも人気の場所であるらしく、辺り
には二人の他にも散歩やデートに訪れたと見える多くの人々の姿があった。
レフォールの病院を辞した後も、二人の“逢引”は続いた。
子竜や竜術士の子供たちが読み書きを学ぶための公的施設として、国中に設けられているという
「修学館」。二人が訪れた、宮殿から程近い教室の責任者である地竜からは、読み書きに限らない
公平な“術教育”の必要性を切々と訴えられた。アステルによると、これは現在宮廷でも議論の的に
なっているらしい。
その他、海洋都市であるロアノークの中枢を担うロアノーク港の様子、住民の生活に直接影響を与える
種々の市場の活気ある風景。これらを初めとした施設のどれもに、少なからぬ解決すべき問題が
残されているのだった。そのことが、時間が経つにつれてセリエにも解るようになってきた。
長い間、北大陸を覆う戦乱の中にその身を置いてきたセリエにとっては、別天地にも思える南大陸の
豊かで穏やかな暮らし。しかし、順風満帆に見えるこの国の内部にも、まだまだ解決しなければ
ならない課題が山積していることが、この日の短い視察によって浮き彫りになった恰好だった。
それも、この国の若さ故なのだろう。
しばらくして、遠い目をしたセリエがぽつりと言った。
「不思議なものだな。」
「何がだい?」
「この国と、私の居た場所では全てが違う。違い過ぎる。それでも・・・」
ここで一旦言葉を切ったセリエは、眼下に広がるロアノーク市街にちらりと目をやった。
「同じ国、国民なのだな。それぞれが信じる己の道を貫こうとし、日々の暮らしに励む。それは、何も
変わらぬ。」
「・・・・・・。」
「少し、昔のことを思い出していた。私が、何故戦士になったのか・・・。いくら勇猛を尊ぶ部族だからと
いって、女がこの役目に就くことは少ない。」
「・・・・・・。」
「護りたかったのだ。一族の、平穏な暮らしをな。・・・そして、この国にはそれがある。」
彼方に煌くセルティーク海の水面を眺めながら、セリエはゆっくりと喋っていた。・・・その視線の遥か
先には、彼女の故郷である北大陸があるはずだった。
セリエの言葉を境に、しばらくの間二人は黙り込んだ。やがて、その沈黙を破ったのはアステルの方
だった。大きく頷き、にっこりとセリエに笑いかける。
「よかった。引っ張り出した甲斐があったよ。」
「アステル・・・?」
「宮廷に引っ込んでいるだけじゃ、本当の“国”の形は見えてこないよ。」
小さく首を傾げたセリエに、アステルが大きくその両手を広げてみせる。
「書類を見れば、たとえば国家予算を知ることはできるだろう。もちろん、その使い途もね。・・・でも、
それを生み出しているのは国民の一人一人さ。それを直接自分の目で見ないと、本当の意味でこの
国のことを知っているとは言えない。・・・そして、竜術士の頂点に立つ君には、その必要があるんじゃ
ないかな。」
「そうだな。それはお前の言う通りなのだろう。・・・私は―――――」
「おっと。」
顔を上げたセリエの言葉を、軽く手を挙げたアステルが遮った。
「結論を聞こうと思って、君を宮廷から引っ張り出したわけじゃない。それを出すのは、まだ早いよ。」
「アステル・・・」
「考える時間は、まだまだたくさんある。急がなくていいんだ。・・・子竜たちを育てながら、のんびり
構えてよ。」
「うむ・・・そうだな。」
頷き、微笑むセリエ。その様子を見て、こちらも笑顔になったアステルが片目を瞑った。
「さあ、宮殿に帰ろうか。そろそろ準備もできていると思うし。」
「準備? ・・・一体、何の話だ?」
「何って・・・。今日で、君が竜術士になってから一年になるんだろう? そのお祝いの準備がさ。」
「祝い・・・!? しかし、そのようなことは一言も・・・!」
「そりゃそうさ。こういうことはね、秘密にしておいてびっくりさせたいだろ? だから、今日はみんな・・・
あんな態度だったんだよ。」
「ふ・・・。また、お前にしてやられたわけだな。」
しばらくの間、目をぱちくりさせてアステルの言葉を聞いていたセリエは、やがて諦めたように笑った。
思えば、初めて出会ったときからそうだった。今回もまた、ある意味“騙された”ことになるのだろうが
・・・それを不快に思ったことはない。むしろ、そうした彼なりの“気遣い”をありがたく思っている自分が
いる。
「今日は、楽しかった。」
「え・・・?」
「ありがとう、とな。礼を言っただけだ!」
これほど穏やかな気分になることができたのは、いつ以来だろうか。南大陸での、自らの居所の無さ
故の不安な一年間。その前は、暗殺者として一瞬たりとも心の休まる時のない生活だった。もしか
すると、ほんの幼い頃・・・まだ母に抱かれて過ごしていた時以来のことかも知れない。
何物にも悩まされず自由気ままに過ごすことのできる、束の間のひととき。それが、この日の“逢引”の
一番の収穫かも知れなかった。
「どうしたんだい。やけにご機嫌じゃないか。」
「ふ・・・そうだな。さあ、宮廷へ戻ろうではないか!」
「?」
振り向き、小さく首を傾げたアステルの背中を、セリエがぽんと叩く。その顔には、抑え切れない笑みが
零れていた。