Rendezvous
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「なあ・・・アステル。本当に、この服で良かったのか?」
二時間後。
二人は、ロアノーク中心街にある喫茶店の中にいた。目の前に置かれた大きなパフェを食べるのに
余念がないアステルとは対照的に、その向かいに座ったセリエは落ち着かない様子で店内を見回して
いる。
「何だか、周囲から見られているような気がするのだが。」
「そう? 気のせいじゃない?」
「せめて目くらい上げて言え。」
アステルの気のない返事に、セリエは憮然とした表情を浮かべた。
「大体、これはお前の趣味なのか? このように目立ってしまっては、わざわざ服を変えた意味が
―――――」
「いいじゃない、よく似合ってるよ。」
「ええい、人の話を聞かんか!!」
苛立たしげにテーブルを平手で叩くセリエ。対するアステルは、相変わらず澄ましたものだ。
原因は、もちろんセリエの着ている服にあった。
肘までのぴっちりした上着とズボンは真紅に彩られ、襟や袖口、足回りは目の覚めるような純白。
腰に巻いた帯で固定された前掛けには紺を基調とした色合いの紋様が描かれており、その下の服と
鮮やかな対照を成していた。
頭にはこれも真紅の丸いベレー帽。もちろん髪は下ろされており、小柄で引き締まった体型と合わせて
遠目にはどう見ても少年にしか見えない。そんなセリエと、こちらは正真正銘の男であるアステルが、
ロアノークでも屈指のデートスポットである喫茶店で向かい合って座っているのである。確かに、周囲
から不審の目で見られるわけである。
諦めてそっぽを向いたセリエに向かって、ここでやっと顔を上げたアステルがにこやかに話しかけた。
「いやー、それにしても・・・君が付き合ってくれて助かったよ。一人じゃ、こういう店にはなかなか入り
づらくてさ。」
「私は“ダシ”というわけか。全く、とんだ逢引もあったものだ。」
「そう、むくれないでさ。」
頬杖をついたセリエが、ジト目でアステルを睨む。
「大体な。アステル、お前・・・男の癖にそんなものを。恥ずかしくないのか?」
「そっちこそ。味噌田楽に緑茶なんて、渋いもの頼んじゃってさ。」
「仕方なかろう! 知っているメニューが、これと餡蜜くらいしかなかったのだからな。・・・私は、甘い
ものは苦手なのだ。」
「ふーん。・・・ちょっと味見。」
「あ、こら! 人が楽しみにしていたものを取るな! 返せ!!」
「あれ? 嫌いだから、残しておいたんじゃないの?」
「逆だ馬鹿者!!」
頷いたアステルが、セリエの皿の上に残されていた豆腐の串をひょいと摘み上げた。一口齧った
ところで、血相を変えたセリエがそれを奪い返す。
「しかし・・・。お前がこれほどに甘い物好きだとは、意外だったな。向こうでも、こういう店に入ったり
するのか?」
「ううん。チェルヴィアにはこういう店がないのもあるけど・・・さっきも言った通り、一人じゃなんだか
恥ずかしくてさ。」
「だが、お前はもてるのだろう? 付き合ってくれる部下であるとか・・・そうだ! 恋人はおらんのか。」
「残念ながら、そういう当てもないんだな、これが。」
言いながら、肩を竦めるアステル。しかし、その表情にはどこか満更でもなさそうな様子が垣間見えた。
「それならそれで・・・。お前のところは大所帯だろう。エクル辺りに頼めば、付き合ってくれるのでは
ないか? 副隊長なのだから、休みくらい取れるだろう。」
「それは、姉さんだけならね。」
「どういう意味だ?」
「近衛隊の隊長は誰だと思ってるんだい。エクル姉さんがいなくなったら、多分近衛隊は恐慌状態に
陥ると思うね。」
「・・・・・・。」
自信満々に言い切るアステル。確かに、あのノクトならありそうなことだ。
「では、ヴィスタはどうだ。書庫の管理など、それこそ自分の都合に合わせて行える仕事ではないか。」
ヴィスタの名前を耳にした途端、アステルは意味ありげな笑いを浮かべた。
「・・・何がおかしい?」
「ああ、ごめんごめん。ヴィスタ姉さんのことを思い出したら、ちょっとね。」
「?」
首を傾げたセリエに向かって、したり顔のアステルが説明を始める。
「姉さんは、実は甘いものが大好きでさ。お菓子とかケーキとかを目の前にすると、人が変わったように
なるんだよ。」
「ほう・・・そうなのか。今まで、気付いたことはなかったが。」
「あの性格だからね、必死に我慢してるに決まってるじゃないか。・・・だけどさ、そんなものばかり
食べてたら太っちゃうだろう? 事実、一時期は大変なことになってさ、その後必死に体重を
落としたんだよ。」
「何やら、想像も付かんな。」
「見せたかったよ、母さんとの攻防は。一度なんか、もう少しで宮殿が倒壊するところまで
いったんだよ。・・・まあ、そんなわけでさ。こういう場所には意識して近付かないようにして
いるんだよ、姉さんは。」
「・・・・・・。」
完全無欠に見えるヴィスタにも、こんな人間らしい部分があったのだ。そう思うと、何やら親しみも
湧いてくるというものだ。
微かな笑みを浮かべたセリエに向かって、アステルがにやにやしながら言葉を継いだ。
「甘いものが苦手なのは、ミリオ兄さんかな。昔から、おやつだって甘いものの場合は一人だけ手を
付けなかったし。・・・まあ、お蔭で二人分食べてたヴィスタ姉さんが大変なことになっちゃったん
だけど。」
「ほう。あの単細胞にも、案外男らしいところがあるんだな。」
「単細胞って・・・」
「こうしてみると、皆にも色々と苦手なものがあるのだな。」
「そりゃあそうだよ。人間も竜も、そこのところは同じさ。」
いたずらっぽい笑いを浮かべたアステルが、スプーンをセリエの目の前に翳しながら言う。
「エリカ姉さんは、蜘蛛が嫌いなんだ。飛翔術を覚えたてのころ、森の中で蜘蛛の巣に引っかかって
ひどい目に遭ったらしくてね。」
「ほう! これまた女らしい話だな。」
「それから、アルル兄さんは蛇がダメなんだよ。木竜っていう種族柄、畑で野菜やら果物やらを育てる
ことも多いんだけど・・・春はね、絶対自分じゃ畑を掘り起こしたりしないんだよ。非力だからなんて
言い訳してるけど、本当は冬眠してた蛇が出てくるのが怖いのさ。」
「そうなのか・・・。残念だな、蛇は焼いて食うと美味いのだがな。」
「えー、蛇って食べられるの!? 知らなかったなあ。」
セリエの何気ない言葉に、アステルが素っ頓狂な声を上げた。
事実、山中の生活においては、蛇や蛙は兎などの小動物と並ぶ重要な食料だった。特に冬の間など、
塩漬けにされた蛇や蛙を焼いたものが食卓に並ぶのは、ラクルス山脈一帯に居を構えるザイン一族の
出身であるセリエにとっては、ごく普通の光景なのだった。
普段から自分が苦手としている木竜の次男坊に、その赤裸々な食生活を突き付けてやったら果たして
どんな反応をするのか。そのときのことを考えて、セリエはにやりと笑った。
「フェルム姉さんの場合は、血が怖いんだって。」
「血が怖い?」
「小さい頃は、転んでできた傷から出た血を見て失神したこともあるんだよ。ほら、趣味の人形
作りもさ、大怪我になる可能性があるから椅子に座ってやるなって、パルムからは厳命されてるんだ。」
これまた、幼い頃から戦士として育ってきたセリエにとっては理解できない感覚だった。
人間であれ動物であれ、斬れば血が出る。当たり前のことで、それがすなわち生きているということ
ではないか。
呆れた様子のセリエに向かって、アステルがにやりと笑った。
「あとは・・・ノクト兄さんとエクル姉さんか。ノクト兄さんの怖いものって、想像できる?」
「あいつか。・・・うーん、普段からあまり接することもないからな。」
「雷さ。」
「雷? というと、あの・・・」
「そう。ぴかって光ってゴロゴロゴロ・・・って鳴るあれ。」
「呆れた。いい歳した男が・・・」
「別に、慌てて机の下に潜ったりってことはないんだよね。青くなったりもしないし・・・まあ、普段に
比べてやたら口数が多くなる、ってのはあるかな。」
「ふーむ。何やら、想像もできんな。」
「いやー、自分の部屋で布団被って震えてるのを初めて見付けたときは、どう反応したもんかかなり
困ったよ。」
頭の後ろで腕を組み、心底困った顔でぼやくアステル。そのときの情景を想像し、セリエはくすりと
笑った。
「エクル姉さんは、朝が苦手なんだ。明るくならないうちは絶対に起きてこないよ。」
「しかし・・・それは、さして珍しいことでもあるまい。」
「まあ、女の人にはそういう傾向があるって聞いたことがあるけど。ただね、母さんは早起きでさあ・・・
一人だけ寝てるエクル姉さんを、よくヴィスタ姉さんが背負ってたっけ。」
「ふむ・・・。・・・もしや、竜王にも何かあるのか?」
「父さん? そりゃ、もちろんあるさ。」
「ほう! して、それは?」
身を乗り出したセリエに向かって、アステルが軽く手を振った。
「そりゃ、母さんに決まってるだろ。」
「・・・何だ、惚気か。下らんな。」
「まあ、そう言わないでよ。結局、母さんが死ぬまで、父さんは一度も母さんに頭が上がらなかったん
じゃないかなあ。ふふっ、今でも昔のことが一つ一つ思い浮かぶなあ。」
「そういうお前はどうなんだ? アステル。」
「ぼく? うん、それは―――――」
途中まで言いかけたアステルは、ここで誰にともなく意味深な笑いを浮かべた。
「一体何なのだ。ここまで身内の弱点を明かしたのだ、勿体ぶらずに言ったらどうだ?」
「うん・・・いや。それはじきに、君にもわかると思うよ。」
「ふん。どうせ、碌でもないものなんだろう。」
鼻を鳴らしたセリエは、ここでアステルの持っていたスプーンをさっと奪い取った。間髪を入れずそれを
相手のパフェグラスに突っ込むと、残っていたクリームを掬い取って口に運ぶ。
「あ! それ、ぼくの・・・」
「つべこべ抜かすな。先程の仕返しだ。」
情けない顔で抗議の声を上げるアステル。そんなアステルに向かって、スプーンを咥えたセリエは
満更でもなさそうに笑ったのだった。
「ふむ。悪くない。」