Rendezvous
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喫茶店を出た二人が次に向かったのは、郊外にある大きな建物だった。
「腹拵えができたのは良いが・・・。一体、ここは何なのだ?」
「君は、ありきたりのデートは嫌なんだろう? ここまではショッピングに食事と、まさに“ありきたり”
以外の何物でもないだろ。だから、ここからは社会勉強さ。」
「・・・・・・。」
澄まし顔で言うアステルの様子に、セリエは苦笑した。
敷地の入り口は、小さな坂になっていた。その途中で立ち止まったセリエは、傍らに立てられていた
看板にちらりと目をやった。
「“楓ヶ丘診療所”か。これまた、随分と風流な名を付けたものだな。」
「この病院の中にはね、立派なカエデの木があってね。そこから名前が付いたって聞いたな。・・・余談
だけど、ロアノークにある病院には、全部木の名前が付けられてるんだ。これは、竜医がみんな木竜
だからなのかもね。」
「病院? それは何だ、アステル。」
「病院っていうのはね、怪我をしたり病気になった人たちが手当てを受けるところだよ。もしかして、
こういうところに来るのは初めて?」
「そうだ。ふーむ、このような場所があるとは・・・」
玄関を入り、受付のある正面ホールに足を踏み入れる。
建物の内部は、広々とした間取りになっていた。ホールの天井は高く、随所に置かれた植物の鉢が
目立つ。廊下を含めて大きな窓が数多く設えられ、そこから建物内には明るい日光がふんだんに
射し込んでいた。きっと、病人に精神的な圧迫を加えないように配慮しているのだろう。
「さっきの話だけどさ。」
「さっきの話?」
「病院に来るのは初めて、っていうあれさ。・・・病院がなくたって、もちろん怪我や病気はあるん
だろう? そういうときは、どうしてたんだい?」
「そうだな。一族に伝わる秘伝の治療法や薬草があるからな。知っての通り、我等は戦に生きる民族。
その必要性も、他の民族に比して大きいのだ。」
話しながら、病院の廊下をゆっくりと歩く。
擦れ違うのは、薄い草色の制服を着た木竜が多かった。各所に“医療”を表すマークを付けている
ことから、あれが竜医と呼ばれるここの職員ということになるのだろう。
「だろうね。じゃあ、できたらで構わないんだけど・・・そういうものを、こっちの医者に教えてもらうことは
できないかな。もちろん、木竜術は強力だけど・・・それには木竜の力が必要だからね。術に頼らない
治療法があると心強いよ。」
「それは構わないが・・・。しかし、私が知っているのはあくまで人間に対するものだけだからな。相手が
竜となると、果たして効き目があるものかどうか・・・。」
顎に手をやり、考える表情になったセリエが首を捻る。そのとき、何気なく擦れ違った相手が、ふと
二人の方を振り向いた。
「おや・・・もしや、アステル様ではありませんか?」
「レフォール! 探してたんだよ!」
どうやら、アステルと相手は知り合いらしい。セリエ自身、相手の面識はないはずだったが、何やら
どこかで会ったような印象を受けるのが不思議だった。
人間で言うと、三十台の半ばといったところだろうか。穏やかな物腰のその木竜は、制服の胸に
“所長”と書かれた小さなプレートをつけていた。してみると、レフォールという名のこの人物が、この
病院の責任者ということになるらしい。
「久しぶり! 前に会ってから・・・もう何年になるかな。」
「そうですね、もう五年以上になりますか。お仕事がお忙しいのですから、仕方ありませんよ。」
「いや、最近はちょくちょくこっちに戻ってきてるんだけどね。生憎、病院には縁がなくて。」
「それはそれは。怪我も病気もなさらないというのは、喜ばしいことではありませんか。」
「それは、まあね。でさ、病院の方は上手くいってるの?」
「ええ、お蔭様で。国から補助金を出していただいていますのでね、一般の患者には無料で治療を
させていただいています。」
「そう。それを聞いて、安心したよ。」
「ただ、他の場所ではどうでしょう。国全体に目を向けると、まだまだ病院・・・いえ、そもそも竜医の数も
充分とは言えませんし、実際南部の地方にはほとんど医療は行き渡っておりません。」
「ふーん。そうなんだ。」
「何より問題なのは、術士である人間の方々のことが、まだよく分かっていないということです。」
頷いたレフォールが、真面目な顔で言葉を継ぐ。
「人間の身体の仕組みには、我々竜とはかなり異なる部分があります。その最たるものが、出産
ですね。もちろん病気や怪我についても、その症状が異なったり、あるいは対処法が違ったり・・・と
いう例は枚挙に暇がありません。この国が人間を受け入れるようになって五十年足らずで、まだまだ
そうした方面の研究が不足しているのですね。・・・そこのところを、宮廷の方々に伝えていただけると
嬉しいのですが・・・。」
「わかったよ。戻ったら、必ず伝えておくからね。」
「ありがとうございます。そうそう、宮廷と言えば・・・妻は元気にしておりますか?」
「ええ、そりゃもう。パルムのお蔭で、宮廷のみんなは安心して執務に励めると言ってますよ。」
「それはそれは・・・ありがたいことです。仕事柄一年に何度も会いませんが・・・宮廷の皆さんのお役に
立っていると聞いて、私も嬉しく思います。」
相好を崩したレフォールが、ふとアステルの傍らで手持ち無沙汰な様子だったセリエに目を向けた。
「ところで、そちらの方は? もしや、診察を受けに来られた方ですか?」
「いや、違うよ。これはね、ぼくのフィアンセ。今日は、二人でデートなんだ。」
「へえ・・・。初めまして、当診療所の所長を務めております、木竜のレフォールと申します。お近付きに
なれて光栄です。」
「こちらこそ、私はリンカと申す。・・・ところで、アステルよ。“ふぃあんせ”とは何だ?」
差し出された手を握り返しながら、セリエは傍らのアステルに問いかけた。だが、当のアステルは
にやにやしながら黙ったままだった。
「アステル! 質問に答えろ。」
「フィアンセとは、“婚約者”のことですよ。」
「なっ・・・、こっ・・・婚約者ぁ!?」
しばらくして、セリエのこの疑問に答えたのは、アステルではなくレフォールの方だった。目を剥いた
セリエを尻目に、アステルとレフォールの間では軽妙な遣り取りが続けられていく。
「しかし、まあ・・・。アステル様は、このような趣味をお持ちだったんですね。」
「ふふ、くれぐれも他の人には内緒だよ。」
「承知いたしました。いやはや、陛下が知られたらなんと仰せになるやら・・・。」
「案外、恋敵として名乗りを上げたりしてね。父さん、まだまだ若いから。」
「そうですなあ。思い返してみれば、王妃様のときも―――――」
「おい!!!」
ここで、ようやく我に返った様子のセリエが大声を上げた。その剣幕に、周囲の患者や竜医たちの
視線が、一斉に三人に向けられる。
「アステル!! お前、冗談も大概に―――――」
「照れることないじゃないか。ぼくと君の仲なんだし。」
「ふざけるな!! そんな、勝手に―――――!!」
「ほら、そういうことにしておけば、波風が立たないだろう。」
「―――――ッ!! ・・・今すぐ、お前を怪我人にしてやってもいいんだぞ!?」
真っ赤になったセリエが、アステルに詰め寄るとその襟首を掴んだ。しかし、当のアステル本人は
セリエの脅し文句を意に介した様子もなく、レフォールに向かって片目を瞑っただけだった。その上、
ご丁寧にちょろっと舌まで出してみせる。
「ごめん、リンカはこの通り奥手でね。ま、そういうことだから・・・またね、レフォール!」
「おのれ、まだ言うかこのッ!!」
「はい。次は、ご出産の際にお会いできることを、楽しみにしておりますよ。・・・お二人のご多幸を、
心よりお祈りしております。」
「やっ、やかましい!! こ・・・こらアステル、待たんか!!」
レフォールの“出産”という何気ない一言に、青筋を立てて歯軋りをしていたセリエは、途端に狼狽した
様子になった。深々と頭を下げたレフォールを怒鳴り付けると、その場からすたこらと逃げ出した
アステルを追って、慌てて病院の廊下を駆け出す。
この時ならぬ“痴話喧嘩”の様子は、その一部始終を目撃した所長によって、宮廷勤めの“妻”に
事細かに伝えられることになった。そのため宮廷に戻った後も、しばらくの間セリエは周囲のあらぬ
噂に悩まされることになったのだった。