PURE AGAIN
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翌朝。
焚火はいつの間にかおき火となり、仄かな熱を辺りに放っている。傍らで目を覚ましたユーニスは、
背中にゴツゴツしたものを感じ、振り向いた。
(何だ・・・? ここに岩はなかったはずだが・・・)
振り向いたユーニスの目が、瞬時に大きく見開かれる。次の瞬間立ち上がったユーニスは、焚火の
反対側へと飛び退りながら剣を抜き放った。
(い・・・いつの間に!!)
そこに、“竜”がいた。幼い頃、本で読んだ姿形そのままに。
蒼い鱗に覆われた大きな体躯。頭には二本の角があり、背中には折り畳まれた大きな翼。手足には
鋭く長い爪が備えられ、閉じられた口からは牙が覗いている。・・・どうやら相手は眠っているらしく、
ユーニスの動きにも反応がない。
畏怖に体が震えた。
どんな絶望的な状況も、剣一本で打破してきた。人間だけではなく、狼や熊といった猛獣を相手にした
経験もある。大抵のことには驚かない自信があった。
対峙しただけで、敵わない・・・と思ったのは初めてだった。単に体の大きさを超えた何かを、確かに
この“竜”は持っていた。
(勝てるのか・・・私が!)
その時、相手が閉じていた目を開いた。
雲一つない青空を思わせる、深い水色の瞳。しばらく周囲を見回していた相手は、立ち上がり、剣を
抜き放っていたユーニスに目を留めると、クルル・・・と喉を鳴らしたようだった。あるいは、笑ったのか。
「くっ・・・!」
その目には、敵意はおろか警戒心の欠片もなかった。ユーニスに見えたのは、純粋な好奇心だけ。
こういう相手を斬れるものではない。
しばらくの間、脂汗を浮かべてじっと睨み合いを続けていたユーニスに向かって・・・やがて相手が口を
開いた。
『オマエ、なんダ?』
心の中に直接響くような声だった。まさか竜が人語を話すとは思っていなかったユーニスにとって、
それは驚くべきことだった。うろたえたユーニスは、次の瞬間・・・少々間抜けな受け答えをすることに
なった。
「何だ・・・とは何だ!! わっ・・・私は人間だ!!」
『ニンゲン?』
「そうだ!! 太古の昔から、飽きることなく貴様らの地を侵そうとしてきた種族だ!! どうだ、
私が憎いだろう・・・さあ、かかって来い!!」
『・・・?』
このユーニスの台詞にも、相手は不思議そうに首を傾げただけだった。どうやら同じ言葉を話している
ようだが、この竜がそれをどれほど理解できているのか疑わしかった。
(鈍い奴だな・・・!)
このままでは一向に埒があかない。相手に全く害意がないことを見て取ったユーニスは剣を鞘に
収めると、務めて穏やかに相手に向かって話しかけた。
「私はユーニスという。・・・お前の名前は?」
『ナマエ? それ、うまいのカ?』
張り詰めていた緊張が、一気に解れた。相手のこの素っ頓狂な答えに、ユーニスは目を剥くと腰に手を
当てた。
「何をバカなことを! お前にも、父や母がいるだろう・・・いつもは、何と呼ばれているのだ?」
『・・・・・・。』
ここで、今までまるで笑っているように見えた相手の瞳を、寂しそうな色がちらりと過ぎったのに
ユーニスは気付いた。
相手の事情など、窺い知れようはずもない。・・・どちらにせよ、このままずっと「お前」という呼び方を
するのも気が引ける。
「仕方ない。これからはお前のことは・・・ククルとでも呼ぶか。」
最初に聞いた声が印象的だったから、思い付いた名前だった。
何気なくユーニスがその名前を呼んだ次の瞬間、相手の姿が光に包まれた。
(なっ・・・!?)
思わず手を翳すユーニス。光が消え去ったあと、その場に立っていたのは最早竜ではなく・・・まだ
年端も行かぬ少年だった。水色の瞳に、同じ色の髪。北大陸では珍しい色である。
(!?)
事態を飲み込めず、目を白黒させていたユーニスを尻目に、きょとんとした表情の少年は自らの体を
眺め、その手で自らの体に触れた。そして、目を上げると実に嬉しそうな顔をしてユーニスに飛び
付いて来たのだった。

「ユーニスぅっ!!」
「うわっ! な・・・何をする、離せ!!」
反動で、二人はもつれ合ったまま砂浜に転がった。僅かに顔を赤らめたユーニスは、少年を押し
のけようと必死になったが・・・いくら邪険に扱っても、少年は自分にしがみついてくる。
よく見ると、頭には二本の小さな角。耳も人間のものとは違って大きいのが見て取れた。ここである
可能性に思い当たったユーニスは、倒れこんだまま少年に尋ねた。
「お前・・・まさか、ククルなのか!?」
名前を呼ばれた少年―――――ククルは、次の瞬間にぱっと笑うと、嬉しそうに大きく頷いたの
だった。