PURE AGAIN
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ユーニスは、小さな丘の上に陣取っていた。剣を地面に突き立て、殊更目立つように振舞っている。
約一リーグ離れた場所に、水陸混成の敵の大軍が終結しているのが見えた。風にはためく旗は、
懐かしい故郷の国の・・・かつて、ユーニス自身が掲げて戦ったことのあるものだった。しかし、今は
それも悲しみを誘うものでしかない。
かつての王であれば、他国への侵略などは間違いなく考えなかったはずだ。王は変わってしまったの
だろう。最早、後戻りできない程に。
(そうだ・・・もっと悩め)
この数時間というもの、相手は動こうとしなかった。
途中で遭遇した斥候。瞬く間に一人を残して斬り伏せ、「ここは通さん、と貴様らの将に伝えよ」と
敵陣に向けて解放してやった・・・それを三度。
恐らく、敵は今必死になってこちらの実態を探ろうとしているのだろう。そこに、たった一人で立ち
塞がるような格好でユーニスがいるのだ。何かある、と考えない方がおかしい。
充分な時間稼ぎになったはずだ。今頃は、ククルの一族も事態を把握し、臨戦態勢を整えることが
できているだろう。不意打ちによって大打撃を蒙ることはないはずだ。
嬉しかった。数年を経て、再び自分が誰かの役に立てるということが。例えそれが、人間でなかったと
しても―――――。
(・・・!)
軍勢が動き出した。その動きはゆっくりしたもので、やはり伏兵を警戒しているようだ。無理もない、
ここは敵の土地なのだ・・・一草一木までも敵と考えるのが常道である。
やがて、ユーニスに向けて空が暗くなるほどの矢が放たれるのが見えた。
まさか、たった一人の人間相手にここまでの攻撃は行うまい。伏兵を炙り出そうとしてのことなのか、
それとも私のことをかつての『明星』だと知っている者がいるのか。・・・いずれにせよ、それが自分の
体を貫くまでそうはかからないだろう。
(これで、やっと・・・)
死ねる。
走馬灯という言葉がある。人は死に直面すると、半生の記憶が瞬時に蘇るのだという。
懐かしい父の顔。死んでいった気の良い部下たち。そして・・・少年の日の、疑うということを知らな
かった王の笑顔。
(そうだ、これでいい)
ユーニスは、静かに目を閉じるとそのときを待った。
*
矢は、彼女の体に届かなかった。
(・・・?)
ゆっくりと目を開けたユーニスの前に、庇うようにして立ち塞がっていたのは・・・元竜の姿をしたククル
だった。その体には、既に矢が十数本突き刺さっている。
「ばっ・・・バカな! 何故戻ってきた!」
慌ててククルの前に回ったユーニスは、刺さっていた矢を抜きながらククルを怒鳴りつけた。
「言ったはずだ! 仲間に、このことを知らせに戻れと・・・」
『しらせタ。だから、もどってきタ。』
ククルの答えに、ユーニスは目を剥いた。
「しかし、わざわざ戻ってくることはなかったはずだ!! 死にたいのか!?」
『ナマエ・・・を、もらっタ。だから、ユーニス、まもル!』
「お前・・・」
このときになって、ユーニスは初めて自分の中から「死にたい」という気持ちが消えているのに気が
付いた。代わってその心を占めているのは・・・「生きたい」という痛切な想い。
こんなときになって・・・と、自分を嘲いたい気分だった。しかし、戦場ではこうした状況をいつも乗り
越えてきたのではなかったか。
束の間ククルの首を抱き締めたユーニスは、ククルに向かって不敵な笑みを浮かべてみせた。
それは、かつての『明星』が、実現不可能と言われた作戦に向かうときにいつも見せたものだった。
「行くぞ!」
再び放たれた矢の雨を、ククルが作った水の幕が遮る。その中を、ユーニスは敵兵の集団に向かって
飛び込んでいった。
彼女の周囲で数人が瞬時に真っ二つになり、怯えて背を向けた敵兵をも斬り捨てる。ここにいる
敵兵は、単に竜であるククルの敵・・・というだけではない。自分が苦しめられ、背を向けてきた人間の
醜さの象徴のような気がした。だから、容赦なく斬った。
ユーニスは、ひたすらに戦い続けた。百人までは、斬った相手を数えていた。
しかし、ろくな防具もなく、たった一人である。やがて顔に一太刀を受け、よろめいたユーニスの胸に
敵兵の剣が深々と突き刺さる。
(ククル・・・済まない・・・)
振り向こうとしたが、できなかった。
その瞬間を最後に、ユーニスの記憶は途切れた。