新しい仲間  1         

新しい仲間


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「よっ・・・と。ほい、到着。」
「ありがと、センジュ。」

冬の都、北都の中心に聳える城。その大手門に繋がる通りで、ミズキはセンジュの腕の中から
地面へと降り立った。
きっかけは、三日前・・・ミズキとセンジュの暮らす家に、ユキガラスのラナイが姿を見せたこと
だった。ラナイが携えていた手紙には「三日後に迫った夏の歌会に出席するように」というアズサから
センジュへの指令が記されており、こうして二人は再び北都を訪れることになったのである。

「ここに来るのも、随分久しぶりね。一年ぶりになるのかしら・・・。」
「おう、そういうことになるな。」
「歌会は午後なんでしょ? まずは団長さんに挨拶して・・・」
「そうだな。その後は、お前はオレの屋敷に行っててくれ。流石に、人間を同席させるわけにはいかない
だろうし・・・」
「確かに、それはそうよね。」

こんなことを話しながら、大手門をくぐって城内へ入る。一年ぶりになる冬の都の佇まいは、以前と全く
変わっていなかった。

「カシ君は、どうしてるのかな。」
「あいつは今団長預かりだからな。当然、毎日ボコボコにのされてるだろうよ。」
「ボコボコって・・・まさか。」
「いや、お前はまだ団長の本当の姿を知らないんだ。団長も、お前の前ではネコ被ってるからなぁ。」

城内は騒然としていた。辺りを慌てた様子で走り回ったり、数人で固まって立ち話をしている冬軍の
面々が至る所で目に付いたが、どの顔も例外なく深刻そうな表情を浮かべている。
・・・春軍と合同の歌会というのは、それほど大変な行事なのだろうか。
ミズキがちらりとそんなことを考えた時、二人はアズサの居室の前に辿り付いた。

「団長、お久しぶりで・・・」
「馬鹿者!!」

アズサの居室に足を踏み入れたところで、中から懐かしいアズサの怒声が炸裂した。一瞬首を竦めた
センジュとミズキは、そのまま顔を見合わせた。

「・・・なんか、前にもこういうことなかったかしら。」
「いや、オレもそう思ってたとこさ。」

部屋の中には、自分より頭一つ大きいミズメをイライラと怒鳴りつけるアズサの姿があった。その
構図も、以前二人がここを訪れた時とそっくりである。

「もう、歌会はすぐそこまで迫っているのだぞ! まだ見付からんのか!!」
「は・・・八方手を尽くしているのですが、こればかりは何とも・・・」
「よし分かった。ミズメ、引き続き捜索を続けろ。直前まで諦めてはならん!!」
「ははっ!」

頭を下げたミズメは、部屋の入り口に立っていたセンジュとミズキの脇をすり抜けるようにして外へ
出ていった。

「おのれ・・・見付けたらただではおかんぞ・・・。この手で嫌というほど思い知らせて・・・」
「あの・・・団長・・・?」
「誰だ!!」

拳を握り締め、ギリギリと歯軋りの音を響かせていたアズサは、センジュの声にばっと振り向いた。
その鬼気迫る表情にミズキは内心震え上がったが、センジュは経験があるらしく、特に動じる素振りは
見せなかった。

「どうしたんです? 随分とお困りのようで・・・」
「おお、センジュか。・・・それにミズキ殿。」
「団長さん、お久しぶりです。・・・これ、つまらないものですが・・・。」
「おお、これはかたじけない。」

ミズキが差し出したロックケーキの包みを前に、張り詰めていたアズサの表情が和らいだ。

「済まんな。本来ならば、これを食べながらゆっくりと話をしたい所なのだが・・・」
「何か、あったんですか?」
「うむ。・・・少々、困ったことになってな。」
「へえ。団長に“困った”って言わせるくらいなんですから、余程大変なことが・・・ぐはっ!」

ミズキに向かって溜息をついたアズサは、センジュの方を見向きもせずにその脇腹に拳を
めり込ませた。どうやら、手の早さも相変わらずのようだ。

「・・・で、・・・団長。一体、何があったんです?」
「本日午後からは、冬春合同の恒例の夏の歌会がここで開かれる。我がリュネル寒気団からは、
私の他に配下の四天王が出席するはずだったのだが・・・」
「・・・もしかして、逃げられたとか?」
「そうだ!! キササゲの奴め、『歌会で恥をかくなら死んだ方がマシだ』という書き付けを残して出奔
しおった!! 恥を忍んでいるのは、私も同じだというのに・・・ああ、思い出しても腹が立つ!!」
「あちゃー・・・。」
「参加人数は既に先方にも知らせてあるのだ。このままでは、我が寒気団は皆の前で笑いものに
されてしまう!!」

地団太を踏むアズサ。その様子を眺めながら、ミズキは隣で苦笑いしていたセンジュに向かって
小さな声で尋ねた。

「センジュ、四天王って?」
「ああ、アズサ団長直属の三人の配下のことでさ。オレを筆頭に、さっきここから出ていったミズメと、
キササゲっていうのがいるんだ。・・・どうやら、今は二人になっちまってるみたいだけどな。」
「あれ? 四天王なのに・・・三人なの?」
「ああ。理由は知らんけど、一人はずっと空席なんだ。」

しかし、アズサは「寒気団」と呼ばれる一軍の指揮官なのである。部下の一人や二人が逃げ出した
ところで、その代わりになる者が全く見当たらないというのは考えにくい。
遠慮がちにそう言ったミズキに向かって、アズサは首を振った。

「それはそうなのだが・・・。やはり、冬軍を挙げての式典ということなのでな、それなりの立場の者で
なければ格好がつかん。・・・そう考えると、おいそれと代役を立てる訳にもいかんのだ。」
「なるほど・・・それは、そうですよね。」
「でも団長、一人もいないってことはないでしょうが。キササゲが逃げ出したってことは・・・副官の
マユミはどうです? 急遽昇進させれば、なんとかいけると思いますが。」

横から口を挟んだセンジュに向かって、アズサは苦り切った表情を浮かべた。

「それは私も考えたが・・・マユミにはきっぱりと断られた。何せ昨日の今日だからな、あまり無理も
言えん。」
「またまた。団長お得意の“これは命令だ”で押し通したらどうなんです?」
「無理に引っ張り出したら、歌会の場をぶち壊すと脅されてしまうとな・・・こればかりは。それに、
日頃から歌詠みをしている訳でもないのは事実だからな。歌の形式も知らんマユミでは、そもそも
無理がある・・・。」
「はぁ・・・。」


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