風邪をひいた日〜ジークの場合〜    2         

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人の気配で目を覚ましたのは、午後も遅くなってからだった。

(ん・・・)

ゆっくりと開いた目に、窓を通して茜色に染まった空が映る。途中、薬を飲むために一度起きたような
気もするのだが、はっきりしない。

「あ、目を覚まさせちゃったかな。」

ジークリートが身動ぎしたのに気付いたのだろう。枕元の椅子に腰かけていた相手が言った。
明るい金の髪。それで光竜らしいと見当を付けたものの、目の悪いジークリートにはその顔を
はっきりと見分けることはできなかった。
サイドテーブルに手を伸ばし、外しておいた眼鏡をかける。自分に視線を向けたジークリートに
向かって、やがて相手がおかしそうに笑った。

「ふふ・・・。ジークって、眼鏡がないと随分印象が違うんだね。」
「フィリックか・・・。」

ジークリートの予想通り、見舞い客の正体はクラスメートの一人、光竜のフィリックだった。どうやら
学校から真っ直ぐここに来たらしく、学校指定の制服と通学鞄といういつもの出で立ちである。
そのフィリックが、にこにこしながらジークリートの顔を覗き込んだ。

「いやー、ジークが学校休むから、みんなびっくりしてたよ。もちろん先生もさ。・・・明日は雪だね
きっと。」
「ふん。年中サボってるお前と一緒にするな。」
「それは言いっこなしさ。・・・あ、これ今日の授業内容。」

小さく舌を出したフィリックは、やおら鞄から数枚の紙切れを引っ張り出すと、それをジークリートに
押し付けた。

「ああ・・・わざわざ悪いな。」
「気にしないでよ。なんたって、“真面目”を絵に描いたような君のことだから・・・さぞ授業のことが気に
なるだろうと思ってね。ああ、そのノートをとったのは僕じゃなくてティアだから。内容は信用していいと
思うよ。」
「・・・・・・。」

片目を瞑ったフィリックに向かって、ジークリートは腕を組むと渋い顔をした。

「フィリック。わざわざこれを届けてくれた今、こんなことを言うのも気が引けるんだがな・・・」
「わかってるよ。授業にはちゃんと出ろっていうんだろ?」
「そうだ。つまらない授業があることを否定はしないが、自分の好きなことだけやって生きていける程、
世の中が甘くないことも事実なんだからな。」
「そうなんだよね。わかってはいるんだけど・・・。」

笑顔で頭をぽりぽりと掻いたフィリックは、ここで鞄を背負い直すと小さく手を上げた。

「それじゃあね。早く良くなることを、祈ってるよ。」
「ああ・・・。とりあえず、礼を言っておこうか。」
「あ、そうだ。みんなはこの後来ると思うよ・・・どうぞお楽しみに。」
「・・・?」

フィリックの浮かべた意味深な笑いに、ジークリートは首を傾げた。彼がこの言葉の真意を身をもって
知ることになったのは、この一時間ほど後のことだった。


  *





  *


「お加減、どう?」
「ああ、ありがとう。朝よりは、だいぶ楽になった。」

フィリックと入れ替わるようにしてやってきたのは、暗竜のロアだった。こちらは一度家に帰ったらしく、
黒と藍を基調とした暗竜の普段着姿である。
そのロアが、持っていた手提げをジークリートの方に黙って差し出した。

「これは・・・?」
「・・・お見舞い。」
「中身は・・・絵本、か。」
「ガルがね、これがいいって・・・。」

手提げを覗き込んだジークリートは、一瞬苦笑いを浮かべかけた。中に入っていたのは、ほんの小さな
子供向けの絵本が数冊。・・・いくらなんでも、この歳になって“絵本”はないだろうと思ったからだ。
しかし、熱によって頭の働きが鈍っている今の状態では、普通の本を読んでもそれを理解するのは
難しいだろう。ロアの術士であるガーライルがいみじくも言った通り、絵本でも眺めてのんびりするのが
丁度いいのかも知れない。
何よりこれは、ガーライルとロアの大切な“思い出の品”だったはずだ。
まだ卵だったロアと共に、ガーライルが初めて南大陸に足を踏み入れたとき。未だ彼は字を読むことも
書くこともできなかったはずだと、かつてジークリートは二人と親しいフィリックから聞いたことがあった。
文字通り、その後はロアと共に読み書きを学ぶ毎日が続いているらしいのだが・・・この絵本は、
そのとき初めに使われたものなのだという。それを見舞いにと持ってきてくれた二人の気持ちは、
察するに余りある。

「ありがとう。・・・君のお勧めはどれだい。」
「・・・・・・。」

微笑み、手提げを受け取りながら尋ねる。黙ったまま、ロアは一冊の絵本を指差した。・・・それは、
初めて人間と竜が出会ったときの物語だった。
そう言えば、遠い昔・・・自分も心躍らせてこうした絵本を読んだものだった。懐かしい気持ちになった
ジークリートは、ロアに向かって小さく頭を下げた。

「そうか・・・。大事に、読ませてもらうからね。」

こくんと頷いたロアが、椅子を立つ。

「ガーライルさんに、よろしく。」
「うん。・・・お大事に。」
「ありがとう。」


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