風邪をひいた日〜ジークの場合〜
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残された二人・・・火竜のテラと水竜のルクレティアが地竜術士の家に姿を見せたのは、結局すっかり
日が暮れた後だった。その傍らには、大きな包みを抱えた水竜術士のクレオも一緒である。
「ごめんねー、ジーク。色々と準備してたら、すっかり遅くなっちゃった。」
「準備? 一体、何をだ・・・?」
「ほら、あなたのこともあるけど・・・リュディアさんのことも考えなくちゃ。そうでしょ?」
「それはまあ、そうだが。」
確かに、普段この家のことを取り仕切っているのは自分なのだ。その自分がこうして床に伏せっている
今、師匠であるリュディアの面倒を見てくれる人は誰もいないことになる。そこまで見通しているとは、
流石に世話焼きで有名なルクレティアならではと言ったところだろう。
「だけどね。そうしたら、クレオったら夢中になっちゃって。・・・もう、こんな沢山・・・」
「もしかして、それ・・・全部料理なんですか?」
「実はそうなんだよ。栄養のバランスも考えて・・・とかってやってたら、こんなになっちゃって。」
「もう、宴会を開くんじゃないんだから・・・。」
呆れた様子でぼやいたルクレティアが、ジークリートに向き直るとにっと笑った。
「ま、これはあくまでリュディアさんや、他の人たちのだから。ジークの夕ご飯は、温かい方がいいし・・・
こっちで作らせてもらった方がいいと思って。悪いけど、台所貸してもらうわね。」
「ああ・・・構わないが。」
「ありがと。さ、行くわよクレオ。」
「あ・・・うん。じゃあ、ジーク君。また後でね。」
ジークリートに向かって何やら目配せをしたルクレティアは、クレオを引きずるようにして部屋を出て
いった。一人残ったテラが、真剣な眼差しでジークリートに問いかける。
「ジーク。・・・本当に、大丈夫?」
「ああ・・・。心配かけて、済まないな。」
「よかった・・・。」
胸を撫で下ろしたテラは、ここで初めて傍らにあった椅子に腰を下ろした。部屋に入ってからもしたまま
だった手袋とマフラーをとり、揃えてベッドの端に乗せる。
元々、火竜であるテラは寒さは苦手な体質なのだ。事実、部屋に入ってきた当初は真っ青な顔をして
いたのだが、それも暖かい部屋の空気に触れて、やっと人心地がついてきたらしい。
ほう・・・と小さな溜息をついたテラが、提げていた袋をジークリートに向かって差し出した。
「はい、これ。」
「これは・・・?」
「わたしからの、お見舞い。」
袋の中には、沢山の陶器の小瓶があった。火竜の力を込めた「火の黒灰」・・・術道具の一つである。
「お料理はティアとクレオさんがしてくれるって言うから、わたしは術道具を作ってきたの。リュディア
さんは火竜術が遣えるし、何より風邪には部屋を暖かくしておくのが一番だと思ったから。」
しかし、術道具は本来竜がその術力を込めることによって完成する。短時間のうちにこれだけの
術道具を作った場合、竜の方もかなり消耗することになる。
テラが青い顔をしているのは、どうやらこの寒い中を歩いてきたからだけではなさそうだった。
そのことに気付いたジークリートが、逆に心配そうな顔になる。
「テラ・・・。気持ちはありがたいが、あまり無理をしては・・・」
「ううん。ジークには、いつも迷惑ばかりかけちゃってるから・・・。こういうときくらい、お返しをさせて
ほしいの。」
「テラ・・・。」
「とりあえず、今晩はこの部屋の温度が下がらないように、術をかけておくね。明日からは、リュディア
さんにお願いしてね。」
そう言いながら、テラは部屋の要所に「火の黒灰」の入った陶器を置いては、目を閉じてそれに念を
送っている。術道具がゆっくりと効力を発揮するように調整しているのだ。
やがて戻ってきたテラが、再び椅子に腰かけるとジークリートをじっと見つめた。
「ジーク、手を出して。」
「手・・・?」
「いいから。」
言われるままに、ジークリートは布団から手を出した。それを両手でそっと握り締めたテラが目を
閉じる。
(あ・・・)
少しずつ、テラの手が触れている部分から身体が隅々までぽかぽかと温まっていく。それは、まるで
春の野原に寝転んでいるような柔らかな感覚だった。
やがて目を開いたテラが、軽く息を弾ませながらジークリートに向かって微笑んだ。
「ふう。・・・どう? あったかくなった?」
「テラ・・・これは?」
「風邪は、汗をかくのが一番いいんだってリカルドに教わったの。だから・・・」
「なるほど・・・。」
そう言いながらも、テラはジークリートの手を握ったままだった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
黙り込んだ二人が、どちらからともなく見つめ合う。・・・そのときだった。
「はい、お待たせ。」
『!!』
不意に声をかけられた二人は、びくりと身を竦せると慌てて手を引っ込めた。
声の主はクレオだった。お盆に湯気の立つ粥を乗せて運んできた水竜術士が、慌てふためく二人に
笑顔で話しかける。
「やっぱり病人には、おかゆが一番だよね。いやー、ちょうどティアのご両親から里の名物が届いた
ところでね、それを入れてみたんだ。口に合えばいいんだけど・・・って、二人とも、どうかしたの?」
「いっ・・・いえ。別に。」
「あっ・・・ああ。何でもない。」
「ふーん。」
小さく首を傾げたクレオは、持ってきたお盆をベッドのサイドテーブルの上に置いた。
「はい、スプーンはここに置くからね。熱いから、火傷しないように気を付けてね。」
「あ・・・はい。ありがとうございます。」
「あ、それから。テラさんはどうするの? ジーク君と一緒にここで食べるって言うなら、君の分も持って
きてあげるけど。」
「ああ・・・いえ、その・・・いいんです!」
「え・・・?」
何気なくクレオにこう言われ、赤くなったテラはぶんぶんと首を振った。ベッドの上に置いていた手袋と
マフラーを引ったくるようにして掴み、逃げるようにして一階へと下りていく。
「何だか、テラさんも顔が赤かったみたいだけど。・・・もしかして、風邪かな?」
「さあ・・・ど、どうでしょう。」
「・・・まあいいや。後でお皿を下げにくるから。」
「はい。ありがとうございます。」
「うん。・・・それじゃ、ごゆっくり。」
にっこりしたクレオは、ゆっくりと部屋を出ていった。ぱたん・・・という音と共に、部屋の扉が静かに
閉められる。
サイドテーブルに置かれたお盆。それを自分の膝に乗せたジークリートは、スプーンに手を伸ばそうと
して、束の間自分の手を見つめた。そこには、テラの手の温もりが確かに残っている。
(・・・・・・)
やがて、ジークリートはゆっくりとスプーンを手に取った。その横顔には、抑え切れない笑みが浮かんで
いたのだった。
