風邪をひいた日〜ジークの場合〜
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そして、その日一番の“嵐”がやってきた。
「やあジーク! 風邪で寝込んでるんだって?」
「珍しいわね! これが本当の“鬼のカクラン”かしら。」
「お前ら・・・。病人を前にして、何故そんなに嬉しそうなんだ。」
騒々しくはしゃぐ木竜兄妹を前にして、ジークリートは呆れ返った様子でぼやいた。
「そんなことないって。ねえアル?」
「そうよねエル。もう、ジークったら!」
「・・・で? 今日はまた何の用だ。」
「またまた、つれない反応だねえ。病人のところへ来るんなら、見舞いに決まってるじゃないか。」
「もう学校にいる間から心配で心配で・・・勉強にもちっとも身が入らなかったのよ?」
「そうか? それは光栄な話だ。それで・・・一体私に何を見舞うつもりなんだ?」
肩を竦めながら顔を見合わせた二人を、ジークリートは苦虫を噛み潰したような顔で一瞥した。
全く、「心配だった」などとよくも白々しく口にできるものだ。勉強に身が入らなかったのは確か
だろうが、その理由については深く考えたくもない。
だが、このジークリートの精一杯の嫌味も、二人には通用しなかったらしい。顔を見合わせた
エルフィートとアルフェリアは、にんまりと笑うと声を揃えて言った。
「決まってるじゃないか。」
「決まってるでしょう?」
続いて、持ってきたバスケットの蓋を跳ね上げる。
(うぐっ・・・!!)
バスケットの中身を目にしたジークリートは、次の瞬間顔を引き攣らせた。・・・中に入っていたのが、
山のような果物だったからだ。
リンゴやミカンといった定番のものだけでなく、本来は冬の間はお目にかかれないはずのナシやモモに
ブドウ、果てはバナナのように南国の珍しいものまで入っている。そのどれもが新鮮そのもので、
いかにも味が良さそうだ。・・・もっとも、これが木竜の手によって作られたとあれば、それも驚くには
当たらない。
(か・・・籠いっぱいの・・・果物・・・ッ!)
部屋の中に、バスケットから流れ出した果物の甘い匂いが立ち込める。まずいとは思いつつも、
どうしてもバスケットから目を逸らすことができない。
こうして冷や汗をだらだらと流し始めたジークリートの様子には頓着せず、木竜兄妹がしたり顔で
これまでの経緯を口にする。
「病気の見舞いってさ、果物って相場が決まってるよね。」
「家に帰ってね、急いで用意したのよ。ほら、この季節にはあまり市場に果物は出てないし・・・」
「本当は風邪薬を作ってあげようと思ったんだけど、エディスがもう作っちゃったって聞いてさ。」
「じゃあ、ジークが一番喜ぶものは何かなって考えたら、こういう結果になったってわけ。」
「わあ・・・これはすごいや。」
と、ここで二人の背後からバスケットを覗き込んで驚きの声を上げたのは、地竜術士のノエルだった。
振り向いた二人が、如才なく挨拶の言葉を口にする。
「あ、ノエル先生! いつもお世話になってます。」
「今日は、ジークの看病にいらしたんですか?」
「ああ、うん。朝方、リュディアさんが知らせてくれてね。・・・ジークリートくんは、アトレーシアさんの実の
お兄さんなんだし。何かあったときに駆けつけるのは当然だよ。」
ジークリートの妹、アトレーシアの竜術士であるノエルは、若輩ながらコーセルテルにある宮廷の剣術
師範だった。その関係で、王立竜術学院における剣術の実技指導も彼の担当となっており、その
生徒であるジークリートやエルフィート、フィリックといった男子の面々とは元々顔見知りの関係
なのだ。
「これは・・・きみたちが作ったのかい?」
「はい、そうなんです。少しでも早く、ジークに元気になってもらいたくて。」
「僕らにできることは・・・って考えたら、やっぱりこれかなあ・・・って。」
「うんうん。そうだよね。」
木竜兄妹のそれらしい台詞に、根が極度のお人よしであるノエルは大きく頷いている。あるいは少し
涙ぐんでいるのかも知れない。・・・結局、二人の不穏な笑顔には気付かないままだ。
「確かに、風邪引きには果物がいいからね。水分の補給にもなるし、食欲がなくても喉を通りやすいし。
・・・ちょうどいいや、僕がむいてきてあげるよ。」
「いや、その・・・ッ!」
「あらあら、病人は無理しなくていいのよ。いつもこれがジークの役目になってるのは知ってるけど、
今日くらいはいいんじゃない?」
「そうじゃなくて・・・ッ!」
「もう、ジークったら照れ屋さんだなあ。じゃ、ノエル先生、お願いします!」
「よし、任せてよ。」
「あ、先生・・・待って―――――」
力強く頷いたノエルは、バスケットを抱えて部屋を出ていった。後に残ったのは、してやったりといった
様子でにやにや笑いを浮かべている木竜兄妹と、部屋の入り口に向かって手を差し伸べた状態で
固まった、哀れな風邪引きの地竜だった。
(あぁ・・・もう、おしまいだ・・・!!)
やがて、がっくりと項垂れたジークリートが頭を抱えた。
熱のせいで、ただでもいつもより思考力が鈍っているのだ。ここで、すぐに食べられる形で果物を
勧められてしまったら・・・それを貪ってしまうであろうことは想像に難くない。そうなれば、今まで
果物嫌いを装ってきた苦労が水の泡になってしまう。
そもそも、エルフィートとアルフェリアが見舞いと称してしこたま果物を持ち込んできたのは、
ジークリートが「大の果物嫌い」だと信じ、相手の嫌がる様子を堪能しようとしてのことなのだ。ここで
「実は大の果物好き」ということが二人にバレてしまえば、今後何が起こるかは火を見るより
明らかだった。
・・・いっそのこと、このコーセルテルから逃げ出す算段でも立てた方がいいのかも知れない。
「あ、エルフィートさん、アルフェリアさん。こんにちは!」
兄の絶望も知らぬ気に、明るい声が部屋に響いた。ノエルと入れ替わるようにして部屋の入り口に顔を
覗かせたのは、ジークリートの実妹であるアトレーシアだった。木竜二人の姿を認めると、にっこり
笑って頭を下げる。
「アトリちゃん! やあ、久しぶりだね。」
「どう、元気してた?」
「はい。あの・・・今日はお兄ちゃんのお見舞いですか?」
「うん。なんたって、ジークは僕らの“親友”だからね。」
「わあ・・・。お兄ちゃん、良かったね!」
「・・・・・・。」
邪笑全開のエルフィートの言葉に、何も知らない妹は素直に兄に止めを刺した。そこへ、これも邪笑を
浮かべたアルフェリアが何気なく言った。
「うふふ、もちろんちゃんと“差し入れ”も持ってきたのよ。」
「差し入れ? なんですか?」
「あ、うん・・・バスケットに果物をね。さっき、皮むいてくれるってノエル先生が持って下に―――――」
「え―――――!?」
『!!??』
不意にアトレーシアが上げた素っ頓狂な声に、エルフィートとアルフェリアは思わず飛び上がった。
「大変! ノエルが包丁をさわったら!」
「ちょっと・・・アトリちゃん? どうし―――――」
「ケガする人が出る前に、急いで止めなくちゃ! ノエル―――――!!」
呆気に取られた木竜たちを尻目に、アトレーシアはぱたぱたと部屋から駆け出していった。
「そうか。ノエル先生は刃物持つと性格が変わっちゃうんだっけ・・・!」
「まさか、包丁も!?」
青くなったエルフィートとアルフェリアが顔を見合わせる。その刹那、一階の台所の方から食器類の
砕け散る凄まじい音が聞こえてきた。ややあって、どさり・・・と何か重いものが床に落ちるような音が
響く。
『・・・・・・・・・?』

息詰まるような数分の後、部屋に戻ってきたのはアトレーシア一人だった。
「あの・・・ごめんなさい。持ってきてもらった果物なんですけど、全部ノエルが切り刻んじゃったの。」
「切り刻んだ・・・? じゃあ、もしかして・・・」
「はい。その、言いにくいんですけど・・・まな板も一緒なので、食べるのはとても無理だと思います。」
『そんなぁ・・・』
済まなそうな様子でアトレーシアに頭を下げられて、二人の木竜は情けない声を上げた。
(助かった・・・)
とりあえず、最大の難関は過ぎ去った。ホッと胸を撫で下ろしたジークリートだったが、その胸中には
新たな疑問が生まれていたのだった。
(アトリの奴・・・。一体どうやって、先生から包丁を取り上げたんだ・・・?)