風邪をひいた日〜アルルの場合〜
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「ちょっと、邪魔するよ・・・っと。」
侍医の詰め所は、本殿の南西の角にある。里から携えてきた鞄を手に、アルルはその入り口の扉を
開けた。その声に、部屋の整理をしていたらしい人物が、両手に薬草の袋を抱えたままアルルの方を
振り向いた。
「これは・・・アルル様ではありませんか!」
「・・・リセ!?」
部屋に一人残っていた竜医・・・リセとアルルは、互いの顔を見るやほぼ同時に素っ頓狂な声を上げる
ことになった。二人は顔見知りの間柄であり、互いにここで再会することになるとは夢にも思って
いなかったからだ。
「リセ! どうして、こんなところに・・・!」
「ア・・・アルル様こそ! 里はどうされたのですか!?」
アルルの父母によって、正式に国家として動き出すことになったフェスタ。その国作りの過程で、
各種族の担うべき役割も次第に明確になっていった。
その中で木竜族が引き受けることになったのは、種族故の能力を生かした主に医術と農業の分野
だった。地竜族との共同作業となる農業とは異なり、国の各地で活躍することになる竜医のなり手は
ほぼ木竜族に限られる。優秀な竜医を育て、里から送り出すことは一族の重要な任務となり、当然
里長という立場にあったアルルもそれに深く関わることになった。
こうして、アルルが里長になった次の年・・・四年前の春に里から巣立っていった竜医の一人がこの
リセだった。個人的な付き合いはあまりなかったが、彼女が当時まだ珍しかった女の竜医であった
こと、そして自らが初めて里から送り出した竜医の一人であったことが、アルルの中で強く印象に
残った理由かも知れなかった。
「・・・そっか。侍医になってたんだね。」
「はい。竜都の診療所で働いていたところを、パルム様にお声をかけていただいたんです。もう、
こちらに移って二年になります。」
「仕事はどう? うまくいってるの?」
「はい! まだまだ勉強中で、一番の下っ端ですけど・・・みなさん、とても親切にしてくださって。」
「ふーん、それは何より。それで、こっちの生活は? もう慣れたかい?」
「あ・・・はい。まだ、時々寂しくなることありますが・・・。」
「だろうね。里にも、時々は帰っておいでよ? 彼氏がへそを曲げないうちにさ。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
少し恥ずかしそうな様子で頷いたリセは、ここでふと首を傾げた。
「ところで、アルル様はどうしてこちらに? パルム様は、今は往診でいらっしゃいませんが。」
「みたいだね。いや、悪いけど、そこのベッドを貸してもらおうと思ってさ。」
「ベッドですか? ええ、それは構いませんが・・・。」
「ありがとさん。いやー、ここのところずっと風邪気味でさあ。今日も朝からくしゃみが止まらなくて大変
なんだよ。夜にはアステルが帰ってくるらしいし、それまでちょっと寝かせてもらおうと思ってさ。」
「そうなのですか・・・。」
小さく肩を竦めるアルル。それを見て幾分心配そうな表情になったリセが、遠慮がちに切り出した。
「あの・・・。もしよろしければ、薬などお作りしましょうか?」
「いや、いいよ。気持ちだけもらっとく。」
笑顔ではあったが、アルルは即座にリセの申し出を断った。
自らも木竜であり、その木竜術によって周囲に散々悪さをしてきたためか、アルル自身は周囲の
木竜たち・・・特に“病気の治療”という大義名分を持っている竜医に対しては強い警戒心を抱いて
いた。この“医者嫌い”は幼い頃から徹底しており、体の不調を限界まで痩せ我慢しては倒れる、と
いうことを繰り返してはユーニスを慌てさせていたものだった。
「ま、一緒に添い寝してくれるって言うんなら、無理には止めないけど。」
「ア・・・アルル様! ご冗談を・・・」
「あはは。ごめんごめん、許婚がいる君にはちょっと酷な話だったかな。」
真っ赤になったリセに向かってにやりと笑ったアルルは、手近なベッドに潜り込んだ。
「パルム様には、戻られたらお知らせしておきますね。」
「頼むよ。あ、それと・・・僕の鞄をパルムに渡しておいてくれるかな。里から持ってきた“土産”が
入ってるんだ。」
「はい、かしこまりました。では、ごゆっくりお休みください。」
「ああ。じゃ、おやすみ。」
頷いたリセが、ベッドの周囲にあるカーテンを閉める。目を閉じたアルルは、ほどなくして深い眠りへと
引きずり込まれていった。