風邪をひいた日〜アルルの場合〜
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「そう。嬉しいわ。」
アルルの返事を聞いて、それまで真面目だったパルムの態度ががらりと変わった。いつも通りの
“邪笑”を復活させた侍医長は、嬉々として戸棚の方へと向かった。
「ねえアルル、あなた・・・“漢方薬”って聞いたことある?」
「?」
「さっき、花粉症のことを聞いたっていう術士ね。実は向こうでは医者をしてたらしくて・・・人間族に
伝わる薬のことも色々と教わったの。」
そう言いながら戸棚からパルムが持ち出してきた瓶には、得体の知れない動物の燻製が収められて
いた。中身を摘み出したパルムが、それをアルルの鼻先に突き付ける。
「どう? これ、何だか分かる?」
そのシルエットに、アルルの顔からざーっと血の気が引いた。
「ま・・・まさ、か・・・」
「そう、そのまさかよ。この薬の原料は、蛇なのよ。」
「いやだーっ!! そんなもの、絶対に、絶対に飲まないからな!!!」
真っ青になったアルルが、首をぶんぶんと振る。既に完全に泣きべそをかいており、そこにはいつもの
冷静さは見る影もない。
実は、アルルは蛇が大の苦手だった。まだ子竜の頃、畑を掘り返していて出てきた蛇に噛まれて
からのことで、それ以来その木竜術が揮われるのも温室などの屋内に限られるようになった。
どうやらその性向は、大人になった今でも一向に変わっていないらしい。
「男子に二言はないって言うじゃないの。今さっきの殊勝な態度はどうしたの?」
「うわっ、ちっ、近付くな!! やめろーっ!!」
「はい、口を開けて〜♪」
「う・・・うぁ・・・」
盛大な邪笑を浮かべながら、パルムがアルルに迫る。ややあって、侍医の詰め所のある一角には、
身の毛もよだつ絶叫が響き渡ったのだった。
*
「・・・アルル兄さん、一体どうしちゃったんだろう。」
「そうだよねー。あたしも、さっきから変だなーと思ってて・・・。」
かくしてその日・・・無事に顔を揃えた家族の話題をさらったのは、すっかり豹変してしまったアルル
だった。いつもなら積極的に話題をリードするはずの次男が、この日に限っては用意された食事に
手を伸ばそうともせず、部屋の片隅で黙って俯いたままなのだから無理もない。
「なにか、あったのかなー。」
「父さん。何か聞いてませんか?」
「ん? いや、別に。」
バイキング形式で用意された夕食によって、会場は立食パーティーのような様相を呈していた。料理を
自分の皿に載せるのに余念のなかった竜王は、心配そうな息子の問いかけにもちょっと振り向いた
だけだった。
一方そのとき。テーブルの反対側では、自分の隣に立っていた長兄の体が小刻みに震えていることに
気付いたフェルムが、何気なくミリオに声をかけたところだった。
「ミリオ兄・・・どうしたの?」
その声に、びくりと身を竦ませたミリオは、ちょうど摘み上げたところだったトマトをテーブルの上に
取り落とした。その場から優に三歩は飛び退ると、真っ青になって大声で捲し立てる。
「オ・・・オレはなにもしてねえ!! なにも知らねえからな!!」
「その様子だと、何か知ってるし、何かしでかしたわね。さあ、言いなさい!」
「・・・全て、吐け。」
「こらノクト! 危ないから、ナイフを逆手に持って迫るのやめなさい!」
と、これはエクル。一方のミリオは、兄弟の中で“怒ると恐い”の代名詞であるヴィスタとノクトに
詰め寄られて、既に顔面蒼白だった。
「オッ・・・オヤジがやれって言ったって、パルムには聞いたんだ!! だからオレ、頼まれた
とおりにあいつをベッドに縛り付けて・・・!!」
「まあ、呆れた・・・。」
「父さん・・・。」
一同の視線が、一斉に竜王の方へと向けられる。怪しくなってきた雲行きを察したのか、既に竜王は
部屋から出ていこうとしていたところだった。出がけに、部屋の入り口近くにいたアルルの肩を
ぽんぽんと叩き、
「ま、人生色々あるさ。元気出せよ。」
などと甚だ無責任な言葉をかけると、すたこらと廊下へと逃げ出していく。
『・・・・・・。』
結局この日、アルルの身の上に何が起こったのかは終生謎のままだった。ただ、これ以後アルルが
今まで以上の“医者嫌い”になったと、周囲ではもっぱらの噂である。
はしがき
“風邪をひいた日”第2弾は、『PURE AGAIN』のシリーズから木竜アルルの話となりました。これは
「絵巻物」挿絵職人のお一人であるリンさんのリクエストによるもので、前作の『ジークの場合』に
挿絵をつけていただく際に交換条件のような形でお引き受けした、という経緯があります(笑)。
ユーニスの七子竜の中で最も宮廷と縁遠いのがこのアルルで、事実今までのサイドストーリーにも
(成竜としては)一度も登場したことがありません。今後もこの状況は変わらないと思いましたので、
今回は彼の置かれている環境(里での立場、人間関係など)中心の描写をしてみました。
いやー、それにしても・・・木竜が花粉症ってどうなんでしょうか(爆笑)。