風邪をひいた日〜アルルの場合〜
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あれから、どれくらい眠ったのだろうか。
(・・・・・・)
寝苦しさから目を覚ましたアルルは、ベッドの中で薄目を開けた。しばらくの間、ぼんやりと部屋の
天井を眺める。
部屋の中に射し込む日の光は、既にその色が変わり始めていた。恐らく、もうじき夕方になるところ
なのだろう。そろそろ起き出さないと、アステルが戻ってきてしまう可能性があった。
(さて、と・・・!?)
ベッドの上に起き上がろうとしたアルルは、見えない力によって押さえ付けられていることを知って
愕然とした。慌てて自分の体に目をやると、あろうことか拘束具でベッドに縛り付けられているでは
ないか。
「な・・・なんだよこれ!」
「あら、お目覚め?」
カーテンの向こうから、聞き覚えのある声がした。続いて、カーテンを開けて姿を現したのは、侍医長で
ある木竜パルム本人だった。
「どう、よく眠れたかしら?」
「パルム! 一体これは、どういうことなんだ!!」
「引きちぎろうとしても無駄よ。それは、聞き分けのない竜のために用意した、特別に術をかけてある
ベルトだから。」
「・・・・・・。」
手も足も出ない状況に追い込まれたことを瞬時に察し、青ざめるアルル。その横顔を、身を屈めた
パルムが覗き込んだ。
「あなたの医者嫌いは知っているけど、今日は何としても私の治療を受けていってもらうわよ。」
「うるさい! 一体、どんな権利があって僕にこんな・・・」
「陛下からは、勅命も頂いています。あなたに選択の余地はないのよ。」
「勅命!? どんな!!」
「・・・“里長の大事は、種族の存亡に関わる。最善を尽くして治療に当たるように”ですって。」
「嘘だ!!」
間髪入れず、アルルは大声で叫んだ。
あの適当な父のことだ。そんな舌を噛みそうな台詞は、一生口にすることはないはずだ。どうせ、
自分のことを報告したパルムに向かっても、「あー、まあ適当に面倒みてやってくれ。」などと
抜かしたに違いない。
苦虫を噛み潰したような様子のアルルに向かって、ここでパルムが表情を改めた。
「ここからは、宮廷に詰める侍医長としての質問です。」
「・・・・・・。」
「体の不調は、この春から?」
アルルは、渋々ながら頷いた。
この国の最高権力者である竜王の“勅命”は、全てに優先する。どんなに適当な形であれ、それが
実際に下された以上それに従う必要があるのだ。
「主な症状は・・・軽い発熱と、くしゃみの他には?」
「ときどき、頭が痛くなることもあるかな。そんなひどいものじゃないけど。」
「頭痛・・・ね。それで、その症状は日を追うごとに悪化しているんじゃない?」
「ああ・・・うん、そうだけど。どうしてそれを・・・?」
「そう・・・。」
「・・・・・・。何か、分かったのかい?」
珍しく、沈痛な表情で黙り込むパルム。その様子に、ベッドに縛り付けられたままのアルルも不安そうな
顔になった。
「言い難いのだけれど。・・・恐らく、あなたの病気はただの風邪ではないわね。」
「え・・・?」
しばらくして口を開いたパルムの言葉は、アルルには予想外のものだった。目をぱちくりさせた
アルルに向かって、パルムが言葉を継ぐ。
「あなただって、そう思っているんでしょう? ただの風邪が、こんなに長引くはずがない・・・って。」
「それは・・・そうだけど。」
「実はね、あなたと同じような症状に苦しんでいる人は他にもいるの。今まで原因が分からなくて
困っていたのだけど・・・最近、向こうから渡ってきたばかりの竜術士から、それらしい話を聞いて。
それで、やっと原因が分かったのよ。」
「それで・・・僕の病気は、一体何なんだい。」
不安そうな顔で尋ねるアルル。しばらくの間黙っていたパルムは、やがてその病名を重々しく告げた。
「これは、花粉症ね。」
「・・・・・・・・・かふんしょう?」
「ええ。その名の通り、花粉を吸い込んだりそれが目に入ったりすることでひどくなる病気なの。」
「花粉って・・・まさかあの、植物の・・・?」
「そうよ。人によって反応する植物は違うみたいだけど・・・。一番の問題は、一度発症したら、この
病気は一生治らないってことなの。」
「な・・・何だって!?」
「もちろん、症状を抑える薬はあるのよ。花粉が飛ぶのも一年中というわけではないし・・・春先さえ
乗り越えることができれば、他の季節にはなんともないのだし。」
「何て、こった・・・。」
呆然とした様子で、アルルは切れ切れに呟いた。
植物を司る木竜族。その里長である自分が、よりによって植物とは相容れない体になってしまうとは。
「だから・・・。悪いことは言わないから、ここで私の治療を受けていってくれないかしら。」
「・・・・・・。だけど・・・」
煮え切らない様子のアルルに向かって、パルムが僅かに声を荒げた。
「仕方ないでしょう。竜術は自分自身には効果がないのよ? いくらあなたが術力に自信があっても、
自分の病気は自分じゃどうにもできないじゃないの。」
「そ・・・それは・・・」
「何度も言うようだけど、この病気は一生続くのよ。原因が原因なんだから、それこそ里にいることは
病気を悪化させにいっているようなものなの。・・・下手をすると、里での生活自体が難しくなる恐れも
あるのよ。」
「・・・・・・。」
「さっきは“勅命”なんて持ち出したけど、私は純粋にあなたのことが心配なの。同じ木竜として・・・
いいえ、親友だったユーニスの育てた子竜の一人なんですもの。できる限り健康でいてもらいたい・・・と
いうのは、自然な気持ちじゃないかしら。」
「・・・分かったよ。」
渋々ながら、アルルは頷いた。気が進まないのは相変わらずだったが、パルムが口にしたこともまた
事実だった。このまま放置すれば、里長の任務だけではない・・・実際に里で暮らせなくなる恐れも
あった。