Peppermint Kiss〜ジークのエイプリルフール〜  プロローグ      3    エピローグ

 −3−

ジークリートとアルフェリアは、中央湖を見下ろす丘に並んで腰を下ろしていた。
春先の爽やかな微風が、二人の頬を撫でて通り過ぎていく。だが、それとは裏腹に・・・二人の表情は
あまり冴えないものだった。
しばらくして、膝を抱えたアルフェリアが小声でぽつりと呟いた。

「・・・薬、手に入らなかったね。」
「ああ・・・そうだな。」

結局、リュディアのための二日酔いの薬は、午後も遅くなったこの時間になっても手に入らないまま
だった。
実際、これは無理もない話だった。そもそも、“竜術士”は預かった子竜の両親と一対一の関係を築く
ことになるため、基本的に横の繋がりの薄い職業なのである。加えてリュディアのように「口より先に
手が出る性格」「極度の男性恐怖症」といった歓迎されない“おまけ”があるとなれば、それこそ
おいそれと友人などできようはずもない。
術士になる過程で知り合ったエディスとクレオ・・・そして、その二人と親しいリカルドは、まさに例外中の
例外なのだ。エディスとリカルドの助力が望めないとなれば、このような結果も止むを得ないのかも
知れない。

「ごめん・・・。やっぱり、あたしのせいだよね。あたしが、テラのことを傷付けちゃったから―――――」
「いや、そんなことはない。」

アルフェリアの呟きに、ジークリートは即座にそれを打ち消した。
もちろん、普段であればすかさず嫌味の一つもぶつけているところだ。しかし、この日のアルフェリアは
驚くほど素直で、いつもの“陰”が全く見られなかった。つまり、今の言葉も彼女の本音だということだ。

「こちらこそ・・・今日はつき合わせてしまって、悪かったな。結局無駄足になってしまったし・・・。」

そもそも、リュディアの二日酔いは自業自得なのだ。そういった意味では、ある意味アルフェリアもまた
被害者と言える。
律儀に頭を下げるジークリート。その様子をじっと見つめていたアルフェリアが、不意ににっこりと
微笑んだ。

「ジークは・・・本当に、大人なんだね。」
「こんなときに、嫌味か?」
「ううん、本気だよ。エルとは、全然違う。」
「何故、そこでエルの名前が出てくるんだ。」
「・・・・・・。」

ジークリートのこの質問には答えず、アルフェリアは遠くの湖面に目をやった。

「ジークが、リュディアさんに預けられてから・・・何年になるんだっけ?」
「今年で、五年になるかな。考えてみれば、早いものだ。」
「ううん。まだ五年、だよ。・・・たった五年、って言ってもいいかも。」
「?」

アルフェリアの言葉の真意が分からず、ジークリートは小さく首を傾げた。当のアルフェリアは、その
視線を煌く湖面に向けたままだ。

「あたし・・・子供だから。ずっと、ジークのそういうところに憧れてて。でも、不器用だから・・・
イタズラって形でしか、声をかけられなくて。」
「・・・?」
「でも・・・ジークは、テラのことばかり見てる。・・・諦めるしか―――――」
「おっ・・・おい、アル!」

予想もしない言葉だった。
一体、アルフェリアは何を言おうとしているのだ。これでは、まるで―――――
ジークリートは、その半ばで慌ててアルフェリアの言葉を遮った。しかし、当のアルフェリアはジーク
リートの焦りには気付かないままだ。

「隠さなくてもいいよ。あたしも、一応女の子なんだから・・・それくらい、見ていれば分かるもん。」
「―――――ッ!!」
「小さい頃から、お兄さんとして・・・ずっと、テラのことを守ってきたんだもんね。あたしの入る余地
なんて、最初からなかったのよ。」
「アル・・・!! お前、まさか・・・本気、なのか・・・!?」
「・・・どうして、こんな嘘をつく必要があるの?」

寂しそうに笑ったアルフェリアが、ジークリートの方を振り向く。その目にうっすらと涙が浮かべられて
いるのに気付き、ジークリートは呆然とした。

「・・・ごめん。ジークには、迷惑なだけだよね。」
「いや、それは―――――」
「ううん。いいの。」

小さく首を振ったアルフェリアが、自分に言い聞かせるように頷く。その横で、ジークリートは力なく
項垂れた。

(アルが・・・私の、ことを・・・?)

生まれて初めて受ける、掛け値なしの「愛の告白」。頭の中は真っ白で、どう反応していいものやら、
さっぱり考えがまとまらない。
その場に漂う、気まずい沈黙。・・・しばらくして、それを破ったのはアルフェリアの方だった。

「いいなあ・・・お兄ちゃん、か。」
「アル?」
「・・・・・・。時々ね、ふと・・・悔しくなることがあるの。」
「悔しい?」

訊き返したジークリートに向かって、アルフェリアは黙って頷いた。

「エルとあたしは、双子でしょ? 一つの卵の中に、たまたま二人で入っていたの。・・・一緒に
孵ったのに、名付けられた順番であたしは“妹”になった。」
「・・・・・・。」
「ずっと、エルの後ろを歩いてきたわ。・・・何をするにも、エルが先で、あたしは後。術の練習も・・・
名前を呼ばれるときでさえ。」
「アル・・・。それは―――――」
「分かってる。」

小さく頷いたアルフェリアは、ここで少し俯いたようだった。

「エディスを、恨んでるわけじゃないの。もちろんエルのことも。でも・・・今日もエディスは、エルを連れて
いったわ。それが・・・少し悔しくて、寂しい。」
「アル・・・」

誕生以来、常に二人で一緒にいる木竜兄妹。付き合うようになって長いが、その間ジークリートは
二人が喧嘩しているところを見たことがなかった。当然、二人の仲はごく良好であり、まさか
アルフェリアの心の中にこのような葛藤があるとは思いもしなかった。


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