Peppermint Kiss〜ジークのエイプリルフール〜  プロローグ          エピローグ

Peppermint Kiss
〜ジークのエイプリルフール〜


 −プロローグ−

「それじゃあ、行ってくるわね。くれぐれも、留守をお願いね。」
「はーい。気を付けてねー。」

ここは、木竜術士エディスの家の玄関。すっかり外出の支度を整えたエディスは、アルフェリアに
向かって最後の確認をしているところだった。

「帰りは、多分夕方になると思うから。誰か来たら、用件を聞いておいてちょうだいね。」
「うん。心配しないで!」
「頼んだわよ。」

笑顔で手を振ったアルフェリアに、こちらも微笑んだエディスは小さく頷くと、一足先に家の外へと
出ていった。
診察鞄を手にエディスの後を追おうとしたエルフィートが、アルフェリアに向かって意味ありげな
目配せをした。

(頼んだぞ)
(もちろん!)

―――――ぱたん。
ドアが静かに閉められる。その瞬間、それまでにこやかな笑みを浮かべていたアルフェリアの顔に、
見る見るうちに不穏な“陰”が差した。
スキップするような足取りで、階段を上がる。二階の自室に戻ったアルフェリアは、机の一番下の
引き出しに手をかけると、それを取り外した。続いてその奥に手を入れる。

(うふふ・・・)

取り出されたのは、透き通った翡翠色の球体の収められた小さなガラス瓶。その実は、兄エルフィート
特製の“惚れ薬”入りの飴玉なのだった。この飴玉を食べたものは、その次に目にした異性に惚れて
しまう・・・という、ある意味古典的な仕掛けである。

(ホント、ここまで作るのに苦労したのよね〜・・・)

このイタズラを思い付いたのは、もうかれこれ半年以上前のことになるだろうか。まだまだ術について
勉強途中の二人にとって、この惚れ薬作りは長く険しい道のりだった。
しかしそれも、こうして何とか形になった。後は使うだけである。

(さーて、と・・・)

飴の入った瓶を前にして、盛大な邪笑を浮かべたアルフェリアは、指折りしながらこの“イタズラ”を
仕掛ける候補を数え上げていった。

(最初に、誰に食べてもらおっかな。普通ならやっぱりテラだけど、案外リュディアさんなんて傑作かも!
うふふ・・・)

しかし、誰にこの毒を盛るにしろ、異常を感じて飴玉を吐き出されてしまっては意味がない。それを
避けるためにも、一度味見をしておく必要があるのだ。それは、飴玉作りを担当した自分の責任
だった。
一つ頷いたアルフェリアは、瓶の蓋を外すと中から飴玉を摘み出した。爽やかなミントの香りが鼻を
くすぐる。

(香りは申し分なし! 味は―――――)

ひょいっと飴玉を口に放り込む。

(うん、上出来! これなら大丈夫ね)

たちまちのうちに口中に広まった清涼感溢れる味わいに、アルフェリアはにっこりと笑った。
残る課題は、いつどのような状況でこの飴玉を使うかということだけ。それは、帰ってきたエルフィートと
二人でじっくりと考えればいい。

(さてと。じゃ、見付からないうちに―――――)

満足そうに頷いたアルフェリアが、飴玉を吐き出そうとした・・・その瞬間である。
だんだんだん!

(〜〜〜―――――ッ!!)

不意に、玄関のドアが激しく叩かれた。
小さくその場で跳び上がったアルフェリアは、次の瞬間真っ青になった。

(・・・ど、どうしよう! 呑んじゃった!!)

味を確かめるために、少し舐めたくらいでは術の効果は知れたものだ。しかし、それが一個丸々と
なれば、話は違ってくる。

(たっ・・・大変!! このままじゃ・・・!!)

ここで誰かに会ってしまったら、それこそ大変なことになる。自分たちの仕組んだイタズラに、
自分たちで引っかかってしまうほど間抜けなことはない。
飴玉の効果は、およそ半日。夕方エディスたちが帰ってくる頃には毒は抜けているはずで、それまで
家に閉じ籠っていれば何とか難は避けられる計算だ。しかし、その間・・・こうして誰かがこの家を
訪ねてくる可能性は否定できない。

(とにかく、鍵を・・・! 鍵を閉めなきゃ!!)

玄関のドアが開いたままだった場合、下手をすると訪問者が家の中に入ってきてしまうかも知れない。
居留守と判ってしまうのは承知の上で、とりあえず今は鍵をかけることが先決だった。その上で、
諦めた相手が帰ってくれるのをじっと待つしかなかった。

(早く、早く・・・!)

急いで部屋を出ると、一階へと続く階段を駆け下りる。目指す玄関はその先にあった。

「!!!」

しかし、余りに慌てていたせいか、一階まで残り数段・・・というところで足がもつれてしまった。次の
瞬間、アルフェリアの目に映ったのは、見る見る眼前に迫ってくる床だった。

「き・・・きゃあああああ!!」

ごつん、という派手な音と共に、目の前に火花が散った。
アルフェリアの意識は、そこで途切れたのだった。


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