天使のささやき  プロローグ  1        エピローグ

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 ◆真竜暦369年(5歳)

ぼくの家は、森の中にある。
家のまわりは、一回りが三百歩くらいの平地になっている。その中に、ぼくたちが住んでいる家、
果物の木の小さな林、そして小さな畑と井戸があった。
家に住んでいるのは、ぼくと、父さん母さんの三人。
朝ねぼうの父さんと母さんを起こすのは、ぼくの仕事だ。

「朝だよ! 二人とも、おきてよ〜!」
「んん・・・もうそんな時間?」
「そうだよ! ほら、もうお日さまもすっかりのぼってるよ!」
「うーん・・・もう少しぃ・・・」
「もう、エルったら。ほら、起きて・・・」

いつも最後までベッドから出ようとしないのは、父さんの方だ。
母さんと二人がかりで、ふとんをひっぱって取り上げる。それで初めて、父さんはあきらめて起きてくる。
父さんと母さんは、二人ともよく似ている。
同じ緑のかみの毛に、緑の目。顔も似ていて、かみを下ろしたときは後姿なんかそっくり。
ぼくとは、あまり似てない気がする。でも、それが気になったことはないんだ。
・・・だって、ぼくは父さんと母さんが大好きだから。


  *


毎朝、母さんに聞かれる。

「今日は、何を食べたい?」
「うーんとね・・・。」

ちょっと考えて、果物の名前を言う。にっこりした母さんは、父さんに声をかけるんだ。

「だって。エル、お願いね!」
「よしきた。」

うなずいた父さんは、すぐにどこからともなくその果物を持ってきてくれる。
小さなころから、家の中に果物はいくらでもあった。食べたいものがない時も、二人のどちらかに言えば
すぐに手に入れてくれる。
欲しいものがすぐに手に入るなんて、絵本に出てきた魔法使いみたいだ。
でも、父さんと母さんにそう言ったら、何だかさびしそうな顔をしていた。

「木にならないものは、苦手なんだよ。」
「そうね。・・・やっぱり、果物だけじゃ飽きる?」
「ううん、そんなことないよ!」

野菜よりも、果物の方が好きだもん。
ぼくがそう言うと、母さんはにっこり笑った。でも、父さんはむずかしい顔をしたままだった。

「・・・でもな、こんなことができたって、どうにもならない事だってあるんだ。」
「えー? どんなこと?」
「・・・お前にも、いつか分かるときが来るさ。」

食べものを作るのは、大事なことだと思う。
人間も、動物も、お腹がすくと死んでしまうけど・・・そこに食べるものがあれば、みんなが助かるはず
なんだ。それよりむずかしいことって、あるのかな。
父さんも母さんも、この話をするといつも悲しそうな顔をする。
・・・なんでだろう。


  ***

 ◆真竜暦371年(7歳)

ぼくの家には、ときどきお客さんがくる。
茶色いかみの毛で、めがねをかけたジークおじさん。いつも、とんでもなく大きな荷物をせおってくる。
そして、水色のかみの毛で、笑顔がやさしいティアおばさん。・・・あ、この前「おばさん」って言ったら
怒られたけど。
他にも何人かお客さんが来たことがあるけど、この二人が一番多い。一月に一度は、必ず家にきて
くれる。

「なんだ、また来てくれたのか。」
「別にお前らの心配はしてないが、この子のことが心配だからな。」

父さんには、ジークおじさんは憎まれ口をきいてばかり。でも、ぼくを見る目はいつもとてもやさしい。
悪い人じゃないんだと思う。

「育ち盛りの子供には、栄養のバランスの取れた食事が必要だろう。だからこうして・・・」

と、おじさんはせおっていた大きな荷物を床に下ろす。
特にたくましいってわけじゃないのに、どうしていつもそんな荷物を持っても平気なのか、いつも
ふしぎだ。

「毎回私やティアが差し入れに来ているというわけだ。・・・お前らの作るものだけ食べて育ったんじゃ、
この子がひねくれて育ってしまうかもしれないからな。」
「へいへい・・・そりゃどうも。」
「お前らの様子を見るのは、ついでだ。あくまでそのついでなんだからな。」

ジークおじさんの言葉に、ここでいつも父さんはにやりとする。おばさんと母さんは、そんな二人を見て
笑うんだ。
そして、その日はいつも二人は家にとまる。
二人がとまっている間は、いつもはめったに見たことのない料理がでる。これがいつも楽しみなん
だけど、作っているのがジークおじさんだって分かったときはびっくりしたなあ。


  *


一度、父さんに聞いたことがある。

「あの二人は、お父さんの何なの?」

しばらく考えていた父さんは、にやっと笑った。

「まあ、父さんや母さんの・・・古い友達だな。・・・兄弟って言ってもいいかも知れないな。」
「兄弟? じゃあ、どうしていっしょに住まないの?」
「そりゃあ・・・」

父さんは、母さんと顔を見合わせた。

「あいつらには、仕事があるからさ。」
「お父さんとお母さんには、仕事はないの?」
「そうよ。若い頃にね、うんと働いたから・・・もう仕事をしなくてもいいの。」
「ふーん。でも・・・二人とも、父さんや母さんと全然似てないね。」

この言葉に、二人は困った顔をした。

「ぼくも、父さんや母さんとあんまり似てないと思うけど、あの二人は全然ちがうよね。・・・兄弟や
親子って、よく似てるんじゃないの?」
「あ・・・ああ、そうだな。・・・ほら、言ったろう? 兄弟“みたいなもの”だって。」
「じゃ、本当は兄弟じゃないの?」
「そうよ。血は繋がってないもの。」

じゃあ、ぼくが父さんや母さんとあまり似てないのは、“血がつながってない”からなのかな。
ぼくはそれでもかまわないけど、なんだか二人はそれを聞かれるのがこわいみたいだった。


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