天使のささやき
プロローグ
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エピローグ
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◆真竜暦374年(10歳)
毎年春になると、ぼくの背の高さを測って家の柱に印をつける。
今年は、去年よりも父さんの拳一つ分は大きくなった。それを見て、母さんがうれしそうな声を上げた。
父さんも、満足そうだ。
「わあ、今年はこんなに伸びたの。」
「うん!」
「いよいよ成長期かな。これからも、どんどん大きくなるぞ。」
「本当!?」
「ええ、そうよ。それに、そのうち声も変わるんじゃないかしら。」
「声?」
「ああ、父さんみたいに低くなるんだ。」
「じゃあ、そのうち父さんや母さんみたいに、角が生えたり・・・耳が大きくなったりもするのかなあ。
・・・早くそうならないかな。」
ぼくと父さん母さんの一番似ていない部分は、頭にある小さな角と、大きな耳だった。
もちろん、二人は大人だし、ぼくはまだ子供だもん。今はなくても、大きくなったら多分同じ姿に
なるんだ。
でも、こう言ったぼくの前で、二人はなんだかあわてていたみたいだった。
どうしてかな。
***
◆真竜暦375年(11歳)
字の練習は、あまり好きじゃなかった。
「こうやって話せるんだから、いいじゃない。」
口をとがらせたぼくに向かって、母さんが言う。
「ダメよ。将来一人前になるには、読み書きはちゃんとできなきゃ。」
「絵本なら、もうふつうに読めるよ。」
「あれはね、簡単な字しか使ってないの。でも、もっと難しい字を知らないと読めない本もたくさん
あるのよ。」
そう言った母さんは、一冊の本を持ってきてくれた。
中の文字は、今まで見たことのないものばかり。
目を白黒させているぼくに向かって、母さんがちょっと意地悪く笑う。
「ほら、それ・・・読める?」
「えーと・・・」
「でしょう。だから、まだまだ勉強が必要なのよ。」
でも、もっとたくさんの本が読めるようになったら、面白いかもしれない。それまでは、ちょっとつらい
けど・・・がんばって勉強しよう。
・・・父さんと母さんは、誰に習ったのかな。やっぱり、二人の父さんや母さんだったのかな。
***
◆真竜暦376年(12歳)
屋根うらの物置で、りっぱな服を見つけた。
「ずっと昔だけど。父さんや母さんは、遠いところで仕事をしていたことがあってね。そのときのものさ。」
「遠いところ? この森の、外の話だよね。」
「そうさ。あの頃は、色々と大変だったな。」
服を手に居間に戻ってきたぼくを見て、父さんはなつかしそうな顔をした。
家にあった本を読むようになって、ぼくには二人に聞きたいことがたくさんあった。
「そう言えば、ジークおじさんやティアおばさんは、どこから来てるの? 仕事をしてるって言ってたけど、
それはどこで?」
「えーと・・・そ、それはだな・・・」
「“国”とか”町”とかは・・・どこにあるの? 他の人たちは、どうしてここにはいないの。」
「・・・・・・。」
「・・・どうしてぼくは、ここから外に出ちゃいけないの?」
困り果てた顔をした父さんは、ここで決まってこう言うんだ。
「お前が・・・もう少し大きくなったら、教えてやるから。」
父さんと母さんは、いつもやさしい。
でも、ぼくが一番知りたいことには、決まって答えてくれないんだ。
もう少し大きくなったら・・・って、一体いつのことだろう。
角が生えたらかな。
***
◆真竜暦377年(13歳)
最近、ケンカをすることが多くなった。
何で、父さんと母さんはぼくに隠し事をするんだろう。
「なんで、何も教えてくれないの!?」
怒ってくれた方が、まだよかった。
何も言わずに、目を伏せられると・・・何だか、父さんや母さんが後ろめたいことをしていて、それを
責めているような気がしてくる。
イライラした状態が続いて、思わず口をついて出てしまったあの言葉。
「・・・本当は、二人ともぼくのことが嫌いなんだ!」
「何を・・・」
「ぼくが、本当の子供じゃないから!!」
こう言ったときの、父さんと母さんの顔が今でも忘れられない。
しばらくだまっていた父さんは、最後に小さく・・・しかし、はっきりと言った。
「そうだ。・・・お前は、僕たちの子じゃない。」
「・・・ッ!」
唇をかみしめ、二人に背を向けたぼくに、母さんが呼びかける。
「どこへ行くの・・・」
「決まってるじゃないか! 出て行くんだよ!」
引っ込みがつかなくなったぼくは、大声で怒鳴り返した。
本当は、うすうす気付いていた。
ぼくと両親に血のつながりがないこと。それどころか、ぼくの両親は人間ではないことも。
引き止めて欲しかった。何を言われてもいい、力ずくでもよかった。
ただ一言・・・お前は私たちの子だと言って、抱きしめて欲しかった。
・・・それだけでよかったのに。