天使のささやき
プロローグ
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エピローグ
−エピローグ− (真竜暦407年)
「・・・以上で、報告を終わります。」
「ジークリート、ご苦労様。今後もよろしく頼みます。」
「ははっ!」
竜都ロアノーク、その宮廷内の竜王の間。法律部門担当の補佐官、ジークリートの定例報告を受けた
竜王テラは頷いた。ジークリートの隣には、先に報告を済ませた財政担当のルクレティアが立って
いる。
「もう少し詳しい話が聞きたいわ。・・・二人とも、後で私の部屋にいらっしゃい。」
「かしこまりました。」
ルクレティアとジークリートに向かって微笑みかけたテラは、次いで顔を上げると朗々とした声で宣言
した。
「今日はこれまで。みなさん、ご苦労様でした。」
テラの言葉に、“竜王の間”にいた一同は居住まいを正すと、退出するテラに向かって礼をした。
*
竜王の私室に二人を招き入れたテラは、竜王の正装であるサークレットとマントを外し、その癖毛を
掻き上げた。
「ふー。今日の“おつとめ”も、やっと終わったわ。」
「テラ、おつかれ〜。どう? 最近、疲れたりしてない?」
「そうだ。くれぐれも、無理はしないように・・・そのために、私たちがいるのだからな。」
「二人ともありがとう。大丈夫よ・・・だって、もうすぐ同窓会ですもの。最近は、それを楽しみにして一年
頑張っているようなものかしらね。」
ルクレティアとジークリートから相次いで気遣いの言葉をかけられ、椅子に座ったテラはにっこりと
微笑んだ。
“テラを励ます会”として約四十年前に始まった同窓会は、その後各人の竜術士や配偶者、子供たちも
加えて毎年開催されるようになっていた。多忙で窮屈な竜王の数少ない「休暇」とあって、その日に
テラが政務を休むことは廷臣たちも了解してくれている。
「そうそう。エルとアルのことを聞かせてくれるかしら。・・・二人とも、頑張ってるの?」
「それがねー、もうすごいのよ! ちょっとこれ見てよ。」
目を輝かせたルクレティアは、胸元から手帳を取り出すとページを繰り、それをテラに手渡した。
「去年と今年の、罹病者数と死亡率を見てくれる? 病気自体はあんまり減ってないけど・・・」
「本当! これだと、差は万単位になるんじゃないかしら。」
「そうなのよ! 当然、医療費もかなり節約できてるし・・・もう、シャリエがびっくりしてたわ。」
「・・・だから、昔から私は言っていたじゃないか。あいつらが本気になれば、この程度のことは造作も
ないとな。」
「ふふ、そうだったわね。」
小さく肩を竦めたジークリートの様子に、テラは微笑んだ。
「実を言うとね。一人くらいは、農業関係に携わって欲しかったんだけど・・・それは、やっぱり贅沢って
ものよね。」
「“優れた医療を分け隔てなく”ってのは、エディスさんの理想だったんだし。農業の方はアトリちゃんに
任せてさ・・・あの二人にはぴったりの目標だと思うなあ。」
かつての“兄妹王”、木竜のエルフィートとアルフェリアが突然宮廷に復帰したのは、去年の春のこと
だった。瞬く間に竜医となり、その優れた術素質を活かして東奔西走の活躍をする傍ら・・・二人は
新しい医療制度をテラに提案し、その実現に向けて精力的に活動を始めたのだった。
その甲斐あってか、この一年で王国内の死亡率は目に見えて下がっていた。二人が準備していると
いう医学校が本格的に機能するようになれば、国内の医療はさらに充実していくに違いない。
もちろん、それぞれ財政と法律を主に担当しているルクレティアとジークリートも、テラの内諾を得て
二人のために陰日向ない援助を行っている。
テーブルに頬杖を突いたテラは、少し遠くを見るような目をした。
「去年同窓会で久しぶりに会ったとき・・・何か“吹っ切れた”って感じたのよね。」
「なんせ、三十年以上欠席してたんだもんね。私は時々顔を見に行ってたけど、あんな二人を見たのは
・・・やっぱり随分久しぶりだったと思うわ。」
「三十年かぁ・・・。何か、きっかけがあったのかな・・・」
「そうそう、その同窓会だけど。・・・今回からは、一人参加者が増えるのよ。」
「へえ。誰かしら?」
テラに問い返されたルクレティアは、ここでにまーっと笑った。
「あの二人の、息子さんが、ね。」
「うそ! だって・・・え!?」
「・・・ティア、意味深な言い方は止せ。」
驚いたテラは、顔を赤らめると口に手を当てた。溜息をついたジークリートが、後を引き取って言葉を
続ける。
「木竜術士が、一人増えるんだ。・・・“息子”というのは、まあ言葉の綾のようなものだ。」
「あ、もしかして・・・!」
ここで、ある可能性に思い当たったテラは、ぱあっと顔を輝かせた。隣のルクレティアも嬉しそうに
頷いている。
「・・・今から、会うのが楽しみね。」
「そうか? どう見ても年上にしか見えない相手に『父さん』だの『母さん』だのと呼ばれるというのは、
私はどうもな・・・」
「なーんちゃって。二人のことが心配で、毎月のように様子を見に行ってたのは、一体誰だったの
かしらね。」
「うふふ、そう言えばそうだったわ。」
「お・・・おい、変な言い方をするな! あれはだな・・・」
竜の寿命は、術士である人間のそれに比して長い。当然、自らを育ててくれた術士との別れは避け
得ない。
しかし、だからこそ・・・また新たな出逢いに恵まれることもあるのだ。
(エル、アル・・・おめでとう!)
「おい・・・聞いてるのか!」
こうして、赤くなったジークリートを前にしたテラとルクレティアは、顔を見合わせると明るく笑い合ったの
だった。