世界の果てまで  1         

世界の果てまで


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「・・・作物の取り入れも無事に終わったし、あとは予定通り寒波隊が来るのを待つだけね。」
「・・・ああ。」
「今年は豊作よ。例年の二割増しってところかしら。感謝祭は、豪華にしないとね。」
「・・・うん。」
「今年は、すっぽかしは無しよ? また去年みたいなことになったら、子竜たちに示しが・・・ちょっと!
ロッタルク!!」
「・・・ああ?」
「ああ? じゃないわよ。もう、さっきからぼんやりと生返事ばっかり! ちゃんと聞いてるの!?」
「・・・ああ。」
「ほらまた!」

季節は秋の終わり。ここコーセルテルの王宮・竜王の間には、設えられた大きな窓から穏やかな
陽射しが射し込んでいる。当代の風竜王ロッタルクは、ついていた頬杖から顔をあげると、
バインダーを片手に今日の定時報告をしていた竜術士の方を渋い表情で見やった。
彼女の名はファルサラ。ロッタルクが風竜の代表として竜王になると決まったとき、彼を育てた
彼女もまた同時に竜王の竜術士に選ばれたのだった。

「いい加減にしてよ。仮にもあなたは竜王なのよ? 竜王が頬杖ついて『あー』とか『うー』とか唸ってる
ところなんて、子竜たちには見せられないじゃないの!」
「いいだろ・・・どうせ大した報告もないんだし。」
「それはあなたから見ての話でしょ? あなたは興味のないことは全部『大したことじゃない』って
片付けちゃうんだから・・・」

といつものようにお小言を始めた竜術士に対して(またか)という顔をすると、ロッタルクはそっぽを
向いて外の様子を眺め、それを見咎めたファルサラがまた文句を言う。
だが、衛兵をはじめ周囲の人物は誰もこのやり取りを気にする様子がなかった。竜王ロッタルクの
性格には確かに破天荒な部分があったが、美形な外見と、極めるときには極めるツボを押さえた
行動から巷での人気は上々。竜術士のファルサラとの喧嘩腰のやり取りも悪意がないことは皆
知っており、これも微笑ましい毎日の恒例行事と受け取られていたのだった。
ロッタルクに全く聞く気がないのを見て取ると、ファルサラはため息を一つついて小言を打ち切った。

「もうすぐ『散歩』の時間ね。・・・行くんでしょ?」
「お、そうだった。んじゃ、ちょっと出かけてくるよ。」

途端に元気を取り戻すロッタルク。いそいそと玉座から立ち上がり、窓に向かう彼をファルサラが
呼び止める。

「あ、ちょっと!」
「・・・何だ?」
「これ! 持ってってよ!」

振り返ったロッタルクに向かってファルサラが投げたのは、毛糸で編まれた大きな帽子だった。
風竜の象徴であるヘアバンドと同じ配色で編まれたそれには、ご丁寧にも先端に大きな毛玉の
ボンボンがついていた。そのあまりにかわいらしいデザインに思わず苦笑いするロッタルク。

「もう冬も間近よ? いつものバンダナじゃ寒いでしょ。それ、使ってよ。」
「これ・・・どうしたんだ? まさか、お前が・・・」
「何よその『まさか』ってのは! そうよ、あたしが編んだのよ。」
「へえ・・・意外だな、お転婆だったお前がなぁ。」
「どうだ、参ったか! 感謝して使いなさいよ!」

と胸を張るファルサラ。

「ああ・・・それはいいんだけどな、もう少しその・・・男用のデザインにできなかったのか?」
「何よー! それじゃ不満だっていうの!?」
「はははは。いや、冗談だよ冗談。ありがとな!」

頬を膨らませたファルサラに向かって笑いながら手をひらひらと振ると、ロッタルクは開け放たれた
窓から姿を消した。複雑な表情でそれを見送るファルサラ。

(もう・・・女の子の気持ちがちっとも分かってないんだから・・・!)


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