世界の果てまで            6

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降りだした冷たい雨の中、ロッタルクは一路北へと向かう。あれから三日、あの場所からなら徒歩
でも国境を越えることができるはずだった。現在のメクタルは事実上フェスタの保護領のような
状態であり、従ってそこまで来れば安全と言えた。

(・・・いた!)

国境まであと数リーグというところで、ロッタルクはレティシアを発見した。
どうやら彼女の兄とやらは体裁や遠慮といったものをかなぐり捨てたらしい。そこには実に大隊
クラスの敵兵と一人で戦うレティシアの姿があった。今回は本格的な魔獣術士も動員されている
らしく、付近の地面には様々な術の痕跡が認められた。

(よかった、まだ無事か・・・)

とロッタルクが胸を撫で下ろした瞬間、レティシアの動きが止まる。新たな魔獣族の兵士と対峙して
いた彼女は、何やら二言三言言葉を交わしたようだったが・・・次の瞬間、信じられないことに槍を
手放した。一瞬ひるんだ様子を見せた兵士が、次の瞬間には雄たけびと共に大上段に剣を
振りかぶる。
まさにその剣が振り下ろされんとした瞬間、ロッタルクがその兵士の頭上に舞い降りた。ごきり、と首の
折れるいやな音が響き、兵士が仰向けに倒れる。

「何やってんだバカ! 死にたいのか!!」

突然現れたロッタルクを唖然とした表情で見つめるレティシア。

「馬鹿者・・・余計なことをしおって・・・」

言葉こそ初めて会ったときと同じではあったが、その表情には驚きや落胆、・・・そしてそこはかとない
嬉しさがこめられているようだった。
再び現れた竜王に気付いて逃走していく敵兵には目もくれず、ロッタルクはレティシアの全身に
素早く目を走らせた。衣服はすでにボロボロで、全身が返り血で真っ赤に染まっていたが、どうやら
幸いにも命に関る大きな外傷はないようだった。

「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」
「ああ、なんとかな・・・。じゃが、おぬしもつくづく物好きな奴よのう・・・。」

ゆっくりと槍を拾いながらレティシアが尋ねた。

「アルカード・・・いや、竜王ロッタルクよ。別れた時にわらわが言ったことを覚えておるか?」
「別れた時?」
「そうじゃ。わらわはの、確かこう言ったはずじゃ・・・次にその姿を見かけたら、迷わず斬るとな!」

言いながら問答無用でロッタルクに斬りかかるレティシア。しかし、数日間に及ぶ戦いの連続によって
疲れ果てていた彼女の槍には、初めて会ったときの鋭さはもうなかった。
槍の穂先はことごとく空を切り、やがて力尽きたレティシアは、槍を地面に突き立てると肩で息を
しながらロッタルクを睨み付けた。

「なぜじゃ・・・なぜ反撃してこんのじゃ! わらわでは役不足じゃとでも言うのか!?」
「オレには・・・あんたと戦うことはできない。」
「じゃから、なぜじゃと申して・・・」
「前にも言ったろう。あんたのことが心配だ、こっちの気が気じゃない・・・ってな。」
「・・・・・・。」

二人の上に、冷たい雨が降りかかる。うなだれたレティシアを、ロッタルクはしっかりと抱きとめた。


  *


「わらわは・・・生まれてきてはいけなかったのかのう・・・。」

しばらくして、レティシアはぽつんと呟いた。

「こうしてまた・・・罪もない同胞を大勢殺めてしまった。・・・わらわさえおらなんだら、こやつらも
死なずに済んだのにのう・・・。・・・ふふっ、最後の最後まで父様に迷惑をかけてしまったな・・・。」
「いや、それはあんたのせいじゃ・・・」

弱々しく首を振ると、レティシアは言葉を続けた。

「おぬしにはあのようなことを言いはしたがな・・・こうして同胞と戦っているうちにのう、空しくなったの
じゃ。本当は・・・分かっておったのじゃ・・・自分がどこにも受け入れられぬ、ということはな・・・。
・・・あれは、八つ当たりであったな・・・許せよ。」
「いや、そんなことはいいんだ!」
「おぬしは・・・優しいのう。」

寂しげに微笑むレティシア。

「竜王ロッタルクよ。最後に一つ頼みがある・・・聞いてはくれぬか?」
「・・・?」
「その風竜術で・・・わらわを殺してくれ。」
「何だって!?」
「もう疲れたのじゃ・・・周囲に憎まれ、蔑まれ、避けられて生きていくのはな! 恐らく、この後・・・
母の国へ行ったとて、同じことが待っているじゃろう。また異形の化け物と恐れられ、命を狙われた
とき・・・わらわは正気を保っていられるか分からぬ・・・。」
「レティシア・・・。」
「お願いじゃ・・・これ以上わらわが周囲を傷つけぬうちに・・・。」

虚勢が消え、素直な心をさらけ出した彼女は、年相応・・・いや、それ以上に幼さの残るただの少女
だった。ロッタルクはそんなレティシアを強く抱きしめた。

「分かった。・・・目、閉じてな。」
「ん・・・。」

レティシアの閉じられた目から、一筋の涙が流れ落ちた。それは悲しみの涙ではなく、ようやく自らを
縛る運命から解放されるという安堵の涙。
次の瞬間、ロッタルクの風竜術で斬りおとされたのはレティシアの首ではなく、その長い髪であった。

「!?」
「さあ、済んだ。」
「な・・・何が済んだのじゃ!? わらわは、おぬしに殺してくれと・・・」
「たった今、エリオットの誇る『一角獣』は襲撃者によって討ち取られた。ここにいるのは、名もない
ただの男と女・・・というわけさ。」
「しかし・・・おぬしは・・・」
「竜王は、ついさっき辞めてきた。」
「はぁ!?」

あっけらかんととんでもないことを言い放つロッタルクを見て、一瞬ぽかんとするレティシア。

「馬鹿者! 一体何を考えているのじゃおぬしは!!」
「そうそう、その調子。じゃないと、こっちも張り合いがないからな。」
「あのな・・・。」

反駁しようとして、レティシアは諦めたように笑顔になった。

「敵わんな、おぬしには・・・。」

いつの間にか雨は上がり、この季節には珍しく鮮やかな虹がかかる。それを振り仰いで、ロッタルクは
笑いながら言った。

「さあ、行こうぜ。」
「どこへ?」
「お望みなら、世界の果てまで。そうさ、あんたがしがらみに縛られなくてもいい所へ!」
「ああ・・・そうじゃな。」

にっこりすると、差し出された手を取るレティシア。
一陣の風が吹き抜けた後、そこに残されていたのは・・・かつて真竜族を震え上がらせた伝説の
『一角獣』の槍だけだった。


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