世界の果てまで
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あの日以来、ロッタルクの様子がおかしい。
あの日、いつもより遅くなって帰ってきたロッタルクは、それ以後毎日楽しみにしていた散歩にも
出かけなくなったし、生返事もいつも以上に多くなった。別にイライラしているというわけではないの
だが、何か物思いに沈んでいる様子・・・活発なロッタルクには未だかつて見られなかった状態なのだ。
竜術士として毎日ロッタルクの傍に詰めているファルサラは、そんなロッタルクの様子が気がかりで
ならなかった。
「ねえ、ロッタルク・・・あの日、何があったの?」
「・・・あの日?」
「そうよ。あたしが・・・帽子を渡した、あの日・・・。」
三日後、いつもの定時報告を済ませた後、人払いをするとファルサラはついに事の核心に触れる
ことにした。ロッタルクが何に悩んでいるにせよ、あの日が発端となっていることは間違いなかった
からだ。
「いや、別に何も・・・」
「ないわけないでしょう!? どうしたのよ、朝から晩までふさぎ込んで・・・これが長老たちも手を
焼いた『腕白竜王』だっていうの!?」
「・・・キツいねぇ。」
苦笑いするロッタルク。いつもなら「何だとぉ!? お前には言われたくねーよ!!」と軽い言い合いに
なるところなのだが・・・ロッタルクのらしくない反応に業を煮やしたファルサラは、ロッタルクの両肩に
手を置くとその目をじっと覗き込んだ。
「ね・・・あたしを信用して? ここなら誰にも聞かれることはないし、誰にも言わないって約束するから。
あたし・・・あたし、あなたが心配なのよ。」
「心配? ・・・だから、別に何も・・・」
「ウソ!!」
ロッタルクの肩を掴んで前後に揺さぶるファルサラ。
「あたしにはわかる・・・何か心に引っかかっていることがあるんでしょ? お願い、本当のことを
言って・・・ね?」
「・・・・・・。」
しばらくロッタルクは迷っていた様子だったが、やがて、事の顛末をポツリポツリと話し始めた。
*
「・・・というわけさ。」
事の次第を語り終えると、ロッタルクは一つ肩を竦めた。
「未だに、どうしていいか分からないでいるんだ・・・笑ってくれていいんだぜ? たかが女一人、しかも
敵のだぜ。はは、おかしいよな・・・おい、ファルサラ?」
突然、掛けていた椅子から立ち上がると、ファルサラはバインダーを胸の前に抱きかかえて後ろを
向いた。そして、ロッタルクの方を振り返りもしないで言う。
「何やってるのよ、とっととそのお姫さまの所へいったらいいじゃないの!」
「え?」
「他の人たちにはうまく言っといてあげるから。別に、竜王の一人や二人いなくなったってどうにでも
なるわよ。」
「ファルサラ? 一体、何を言って・・・」
「行きなさいよ!! そんな様子じゃ、どうせここにいたって役に立たないわよ!!」
「おい、それは・・・」
あんまりだろ、と言いかけてロッタルクはファルサラの肩が小刻みに震えていることに気が付いた。
「早く・・・早く行ってよ! あたしが笑顔で・・・いられるうちに・・・!」
「ファルサラ・・・」
ロッタルクは、背後からファルサラをふわりと抱きしめた。その拍子に、ファルサラの手から
バインダーが床に落ちる。
「ごめんな。旅先で、きっと有名になってみせるから。それが・・・手紙の代わりだ。」
「別に、そんなこと期待してないわよ!」
「まあ、そう言うなって。これが本当の『風の便り』ってヤツだよな。」
ファルサラを抱きしめたまま、楽しそうに笑うロッタルク。
それは、いつもの・・・ファルサラの好きだったロッタルクだった。
「今まで世話になったな。・・・お前も元気でやれよ?」
「当ったり前でしょう! もう、最後の最後までバカなことを言わないでよ!」
「・・・ああ。そうだったな。」
ロッタルクはポケットからファルサラの手編みの帽子を取り出すと、名残惜しそうに眺めてからそれを
被った。
「この帽子・・・一生大事にするからな。この前はケチつけて悪かったな。」
「いいわよ別に、捨てたって・・・。」
「お前のことは忘れない。じゃ・・・後はよろしくな!」
「あ・・・」
いつものように笑顔で手を振り、窓から外へと飛び出すロッタルク。
振り返ったファルサラの目に映ったのは、開け放たれた窓だけだった。
*
「最後まで・・・言えなかったな。」
ロッタルクが出て行った窓を閉めながら、ファルサラは呟いた。
限界だった。たちまち視界が滲んでいく。
「最後くらい・・・笑顔で見送ってあげればよかったかな・・・」
見慣れた窓・・・数え切れないほどの回数、彼を待った場所。だが、彼はもうここへ戻ってくることは
ないのだ。彼のために、この窓が開かれることももうないだろう。
床に落ちていたバインダーを拾い上げると、ファルサラは袖口で大きく顔を拭いた。長老たちへの
言い訳を考えながら。
「泣いてなんか・・・あげないんだからね!」