世界の果てまで
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二人を取り囲む兵士たちの中から、指揮官らしき人物が進み出るとレティシアに声をかける。
「お待ちしておりましたぞ、姫よ! 我らの待ち伏せを知りつつもその意思を違えぬとは、天晴れな
ご性分と感服仕った次第!」
「そちらこそ、無駄じゃと分かっておるこのような待ち伏せなどやめ、さっさと退散いたせ!」
(姫・・・?)
意外な呼称を聞き、驚いた視線を向けるロッタルクを決まり悪そうに一瞥するレティシア。
「そうは行きませぬ。我々もさる高貴なお方から直接この任務を命じられた次第。目的も達成
できずに、おめおめと国に戻るわけには参りませぬ!」
「さる高貴なお方とな。白状いたせ・・・一体誰の差し金なのじゃ!」
「わが国第二の実力者・・・と言えばお分かりいただけますかな?」
「な・・・まさか、兄様か!? 兄様には、国を発つ前にわらわの本当の気持ちを打ち明けた。誤解は
その時に解けたはず・・・!」
「グラテウス様は、自分の妹が情に絆され、いつか人間どもの一員として攻めてくるのではないかと
心配していらっしゃる。そして、我らに命じられた。来るべき決戦に備え、危険な芽は早いうちに摘み
取らねばならん・・・とな!」
「なんと・・・信じられぬ。まさか、兄様が・・・そのような・・・」
愕然とした表情で切れぎれに呟くレティシア。
「何度言えば分かってもらえるのじゃ? わらわには大それた野心も、祖国に対する反抗心もない・・・
ただ我ら一族のため、そして国のために良かれと思い黙ってこの婚儀を受け入れたというのに・・・!」
必死の訴えにもかかわらず、彼女の言葉を聞いた周囲の兵士たちがどおっと哄笑した。
「“我ら一族”だと。術の一つも使えない奴がよく言うぜ!」
「そんな不細工なナリじゃなぁ、嫁の貰い手もないだろうからな!」
「そういや、あいつ人間を連れてるな。どうしたんだ、もう浮気か?」
「へっ、見るからに軟弱そうな人間だぜ!」
と、兵士の一人がロッタルクに呼びかける。
「そこの色男さんよぉ! その女が何者か知ってて一緒にいるんだろうなぁ!」
「何者? ・・・どういう意味だ?」
「言うな!」
言われた意味が分からず、レティシアの方を見るロッタルク。当のレティシアはバンダナの上から
両耳を手で押さえ、兵士たちの台詞を聞くまいとしている。だが、その制止も空しく、兵士たちの
口から残酷な事実が告げられた。
「その女はな、魔獣族と人間のあいの子で、しかも俺たちの国一の槍の使い手『一角獣』なんだぜぇ?」
「そんな女と一緒にいると、そのうち槍で一突きにされるか、・・・もしかすると食われちまうかも
しれないぜ! せいぜい気を付けるんだな!」
「はーっはっはっは!」
再び、兵士たちの笑い声が響き渡る。しばらくの間声の主を悔しそうに睨みつけていたレティシアは、
やおら自身のバンダナをほどいた。露になったその頭頂部には、確かに魔獣族の象徴である角と、
第三の目があった。
「な・・・!?」
そして、『一角獣』とは真竜族にとって忘れられない名前だった。
三年前の「フェザン攻囲戦」の際、海岸からの強行上陸を試みた水竜部隊は、たった一人で
突っ込んできた敵兵のために実にその戦力の三分の二以上の人的損害を出すことになった。
恐慌状態の中、その敵兵を目にして生き延びた水竜たちは「鋭い槍と優美な身のこなしが、まるで
伝説の一角獣のようだった」と口を揃えて証言した。だが、戦いが終わると『一角獣』と呼ばれた
敵兵は姿を消し、その正体は結局不明のままであった。
「あんたが・・・『一角獣』だったのか。」
「そうじゃ。いかにも、わらわは人間ではない。・・・驚いたか?」
「いや、まあ・・・少しはな。」
「隠さずともよい。・・・逃げられるのには、慣れておるからな。」
寂しそうに笑うレティシア。その笑みを見た瞬間、ロッタルクにはなぜ彼女が素直になれないで
いるのか分かったような気がした。魔獣族から見れば格下である人間の姿で生まれ、一人前の
証である魔獣術も使えないとなれば・・・そうだ、さぞかし身の置き所がなかったに違いない。
本来ならばたくさんの同胞の敵である筈の相手を前に、ロッタルクは言い知れぬ愛おしさを感じて
いた。
「さあ、逃げ出すのなら今のうちじゃぞ? 奴らも、無関係なおぬしにまでは手を出すまい・・・。」
「生憎、こっちもそういうのには慣れてるんでね。最後までつき合わせてもらうぜ。」
「物好きな奴じゃのう。・・・まあよい、好きにしろ。」
その投げやりな言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情になったレティシアは槍を構えた。それを見た
敵兵たちも包囲の輪を縮め始める。ロッタルクは、そのまま敵陣に飛び込もうとするレティシアを
押しとどめると言った。
「まあ待て。ここはオレに任せてもらえないか? もしかしたら、無用な流血を避けられるかも
知れん・・・。」
「ああ、じゃが・・・どうするのじゃ?」
「まあ見てなって・・・。」
ロッタルクはレティシアの前に進み出ると、被っていた毛糸の帽子を脱いだ。現れた竜人特有の
耳と角を目にした魔獣族の兵士たちの間からどよめきが漏れる。
「おい、あいつは・・・まさか竜なのか?」
「なんで竜があいつと一緒にいるんだよ!?」
「し・・・知るかよ!」
その様子を見てにやりとしたロッタルクは、殊更に重々しく兵士たちに問いかけた。
「オレの名はロッタルク。・・・どうだ、この名に覚えはないか?」
「ロッタルク・・・? ・・・まさか!」
「ウソだろ!? 何で竜王がこんなところに一人で出張ってきてるんだよ!?」
「お・・・おい! こっちに来るぜ!?」
「そうだ。・・・どうだ、それが分かってなお、オレとやり合おうって奴はいるか? 言っておくが・・・」
ロッタルクが手を一振りすると、発生した衝撃波によって村の家屋が数軒瞬時に粉砕される。
あっけに取られる兵士たちに向かって、凄惨な笑みを浮かべるロッタルク。
「オレは強いぜ?」
「くっ・・・いかん!」
「退け、退けーっ!!」
「・・・なんだ、案外まともな反応だったな。」
思わぬ強敵の出現に、恐怖にかられた兵士たちが雪崩を打って退却する。その様子を見て少し
残念そうに肩を竦め、振り向いたロッタルクの喉元に神槍が突きつけられる。思わずのけぞる
ロッタルク。
「お・・・おい、これは何の・・・」
「おぬし・・・竜だったのか。」
「いや、隠すつもりは・・・」
「しかも、竜王じゃったとはな! 竜王に助けられるとは・・・とんだお笑い種じゃ!!」
先程までとは打って変わり、激しい語調でロッタルクに詰め寄るレティシア。その瞳には、今や
はっきりと殺意があった。
「よく聞くがよい。わらわの正体はの、いかにもエリオット現国王の娘じゃ。姿は違えど、心は
魔獣族・・・そんなわらわが、竜王をこのまま生かして帰すと本気で思うておるのか!?」
「・・・・・・。」
「わらわの母は人間じゃった。お蔭でこのような醜い姿で生まれ、魔獣術の一つもままならぬ。王族と
しての資格はないとな、幼いころから数え切れぬほど言われて来たわ!」
「醜い? オレから見たあんたはとても美人だが・・・」
「茶化さずに聞け!!」
魔獣族の美的感覚は竜のそれとは違う。ロッタルクのお世辞抜きの台詞を嫌味だと受け取った
らしいレティシアは、激しい勢いで彼の襟元を掴んだ。
「じゃが、周囲から蔑まれ、罵られながらもそれに耐えてきたのは、父様が・・・そしてこの国が好き
だったからじゃ! 皆のために少しでも役に立ちたくて、こうして将の一人として戦うことのできるよう
必死に修行し、実際に前線に立って戦果も挙げてきた。そうじゃ、おぬしの国の兵も数知れず
殺めてきたわ!」
「・・・・・・。」
「同盟のための意にそまぬ婚儀・・・それだけならまだよい。こんな出来損ないのわらわでも、ようやく
我ら一族の役に立てると思えばこそ、喜んで国を発ってきたのじゃ。じゃが、なぜ今度は兄に命を
狙われねばならぬ!」
ロッタルクの襟元を掴むレティシアの手に力がこもる。その瞳には、怒りと悔しさによる涙があった。
「そうじゃ・・・わらわがこのような目に遭わねばならんのは、元はと言えば貴様の国があるから!
貴様がいるからではないか!! 父がわらわを捨てたのも、兄がわらわを亡き者にしようとするのも、
全て貴様の・・・貴様のっ!!!」
「いや、オレは別に・・・」
「えーい、黙れ黙れ黙れ!!」
ロッタルクから手を離すと、槍を目茶苦茶に振り回すレティシア。
「同情や哀れみはいらぬ! そう思うなら、領国をまとめてとっとと降伏するがいい!!」
「それは・・・」
「去ね! わらわの前に二度と姿を現すな!!」
「レティシア・・・。」
「次にその姿を見かけたら、迷わず斬る! そのつもりでおれよ!!」
迸るようにここまで言うと、レティシアはロッタルクの方を一瞥もせず、北に向かって歩き始めた。
ロッタルクはどうしたらいいか分からない様子でその後姿をしばらくの間見送っていたが、・・・やがて
のろのろとコーセルテルへと引き返していった。