Day by day
プロローグ
1
2
3
4
エピローグ
−2−
「見回りご苦労様。・・・“悪ガキ”どもは、おとなしくしていたようでしたか?」
「全然。見てください、これを・・・」
里長のクラリスは、木竜の里を抜き打ちで見回りして戻ってきたニーディアを戸口で出迎えた。
没収した果物の数々を、ニーディアはポケットから取り出してみせた。イチゴやブドウ、アンズといった
傍から見ればなんということはない果物のそれぞれに、木竜ならではの“イタズラ効果”が備えられて
いる。知らずに口にする者がいれば、きっと大騒ぎになることだろう。
「全く・・・来るたびに新しいものを作っているんだから! クラリス様、少しは控えるように言って
くださらないと・・・」
「そういうあなたは? ニーダ。言われたからって、すぐにやめたのでしたか?」
「もう・・・クラリス様!」
にこにこしながら里長に自分の過去の所業を指摘されて、ニーディアは少し困った顔をした。
かつてコーセルテルで同じ竜術士の元で育った経緯から、現里長のクラリスと当時二番竜だった
ニーディアは姉妹も同然の間柄だった。木竜術士の補佐をしていたクラリスが、その死によって里に
戻り里長を引き受けることになったとき、自然とニーディアもその補佐をすることになった。
「さあ、お茶の用意が出来ていますよ。色々と報告して貰いたいこともありますし・・・まずはお座り
なさい。」
「あ・・・はい、ありがとうございます。」
ニーディアは竜医であり、本来の役目は定期的に竜の里を巡って病気や怪我の治療を行うことで
あった。各里の状況について、報告は多岐に亘る。
やがて話がセーファスのことになり、休息を取ろうとしない彼を木竜術で眠らせた・・・という話を聞いた
クラリスはいたずらっぽく笑った。
「そのように使うのならば、構わないと思いますよ。ふふ、『木竜の悪戯』というのは悪評高いもの
ですが、役に立つこともあるのですね。」
「『嘘も方便』のようなものでしょうか?」
「そうかも知れないですね。・・・それで、研究の進み具合はどうなのですか?」
「あ、はい・・・。」
ニーディアは持っていた実験ノートを開くと、セーファスによる“研究”の進捗状況を報告し始めた。
新しい薬草の効果と、地竜の協力による文献の発掘・・・それにより得られた新たな実験のヒント。
前回訪問時の問題が解決し、新たに発生した課題があること。そして・・・もうじきこの研究が完成
するであろうこと。
一通りの報告が済むとクラリスは頷き、ニーディアに向かって微笑みかけた。
「ご苦労様。今後も、この調子で彼を補佐してあげてください。」
「分かりました。」
「この研究が上手く行けば、竜術士の寿命を伸ばすことが出来るかも知れません。私たち竜がいつの
時代も苦しむことになる竜術士との別れ・・・これを少しでも減らすことが出来るなら、こんな有意義な
ことはないと思いますよ。」
「・・・はい。」
「セーファスが当時守長候補という重要な地位にありながら、このような勝手が許されたのは、きっと
長たちもこう考えてのことだったのだと思います。ぜひとも、彼には目的を達成していただかないと。」
「そうですね・・・。」
彼が・・・セーファスが目的を達成し、クレアと再び暮らせるようになる。そのことを考える度に、
ニーディアは複雑な思いに囚われるのだった。
真竜族の一員として、そして竜医という社会的立場からすれば、セーファスの“研究”が成就することは
非常に喜ばしいことである。しかし、その暁には・・・最早ニーディアがセーファスと共に過ごせる理由は
なくなるのだ。
(このまま、彼の“研究”が完成しなければ・・・ずっと一緒にいられるのに・・・)
熱のない返答をするニーディアに、クラリスは複雑な表情になった。
「・・・好きなのですね?」
「え・・・?」
「セーファスのことです。・・・そうなのでしょう?」
「い・・・いえ、私は別に・・・」
俯いたニーディアは、慌てて否定の言葉を口にした。しかし、ティーカップの中身をやたらとかき回す
仕草を見れば、その心の内は一目瞭然だった。
「コーセルテルにいるときも、皆の人気の的だったわね。実は、私もそうだったのよ・・・彼に憧れて
いてね。」
「クラリス様も?」
「ええ。ですから、あなたのその気持ちもよく分かります。ましてや、日頃から多くの時間を共に過ごして
いるのなら尚更でしょう。」
「・・・・・・。」
微笑んでいたクラリスは、ここで表情を引き締めるとニーディアの瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「でもね、ニーダ。分かっていると思うけど、異種族竜同士の婚姻は固く禁じられています。本来なら、
交際もそう・・・あなたとセーファスの件は特例だということを、くれぐれも忘れないようにね。」
「分かっています・・・。」
「・・・・・・。」
一応は承諾の言葉を口にするニーディア。しかし、その瞳にありありと不服そうな色が浮かんで
いるのに気付き、クラリスは溜息をついたのだった。