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Day by day


 −プロローグ−

「師匠、お茶が入りましたよ。・・・ちょっと休憩されてはいかがですか?」
「んー? ・・・おう、じゃあそうするか。」

自室の、自分の机で何やら書き物をしていた地竜術士のランバルスは、補佐竜であるユイシィの声に
顔を上げた。ついで大きく伸びをし、差し出されたティーカップを受け取る。机の周辺は大変な量の本が
積み上げられ、さながらランバルスは本の谷間に埋もれているような格好であった。
普段であれば、ほぼ四六時中見回りや遺跡の調査で家にいないはずのランバルスが、こうして午後も
まだ早い時間に自室にいるのにはもちろん訳があった。少し前に一人で遺跡の調査に赴いた際に
折った両足の具合がまだ万全ではなく、そのため補佐竜のユイシィから「まだ外出なんてもっての
他です!」ときつく言い渡されていたのだった。
ユイシィのランバルスに対する過保護ぶりはかなりのもので、実は外出どころかやっとベッドから出て
机に座ることを許されたのもつい最近。一日中ベッドに縛り付けられている生活にいい加減退屈して
いたランバルスは、これ幸いと今までの遺跡調査の結果を取りまとめたり、今後の調査のための
資料を揃えたりしているところだったのだ。

「あ、ユイシィ・・・」
「はい?」

そのまま部屋を出て行こうとしていたユイシィは、ランバルスに声をかけられて振り向いた。

「どうだ・・・たまには付き合わないか?」
「え?」
「まだこんな時間だしな。・・・実はお前に訊いてみたいこともあってな。」
「私にですか? いいですよ、まだやることがあるのですが・・・少しだけなら。」

いかにも「やれやれ」といった口調で答えながら、そのくせどことなく嬉しそうな様子でユイシィは近くに
あった椅子に腰を下ろした。もちろん、座る前に椅子に積もった埃を払うのも忘れなかった・・・それを
見て、苦笑いするランバルス。

「それで・・・聞きたいこととは?」
「ああ、そうだったな。・・・そこに、一冊の本があるだろう? そうだ、その本の山の一番上にある
やつだ。」
「これですね。」

ユイシィが手に取ったそれは、本と言うよりもむしろ厚手のノートとでも言った方がしっくりくるような
代物だった。保存状態は良かったが、タイトルや著者名は記されていなかった。

「どうしたんですか? これは・・・」
「持ってきてもらった本の中に挟まってたんだ。確か・・・光竜関連の系譜の本だったと思うが。」
「ええ、お持ちした本の中にありましたね。」
「それ、中を見てみろ。」

言われるままにノートを開くユイシィ。そこには難解な用語と膨大な量の数値、そして時折このノートの
持ち主のものらしい“失敗”“やり直し”といった書き込みがあった。恐らくこれは、何かの実験データを
整理するのに使われていたノートなのだろう。
最後のページには一言“ごめんなさい”という走り書きがあり、そこでこのノートは終わっていた。

「これは・・・」
「見ての通りだ。どうも、それは錬金術の実験の記録らしい。」
「錬金術・・・。」

言葉だけは聞いたことがあった・・・だが、ユイシィの中ではどちらかというと“胡散臭いもの”という
印象がある言葉だ。訝しげな表情になったユイシィに向かって、ランバルスは言葉を続ける。

「おいおい、そんな顔をするなよ。“錬金術”というのはな、確かにその当初・・・他の金属から金を作り
出そうとしたことから付いた名だが、その研究の過程で明らかになったことも多いんだ。今の医学や
化学といった自然科学の大部分は、この“錬金術”に端を発していると言えるだろうな。」
「・・・・・・。」
「で、このノートの持ち主である竜だが・・・どうやら蘇生の術を研究していたらしい。見てみろ、日付が
百年以上に亘って続いてるだろう? もっとも、あと一歩・・・というところで完成はしなかったみたい
だがな。」
「蘇生・・・? そんなことが、本当に可能なんでしょうか。」

不思議そうな顔で訊き返したユイシィに向かって、ランバルスは肩を竦めてみせた。

「さあな。・・・ただ、それだけの時間をかければ見えてくるものもあるのかも知れない、としか俺には
言えないな。・・・それでだ、さっき言った“訊いてみたいこと”ってのも、実はこれと関係があるんだ。」
「はい、何でしょうか。」

ここで、椅子に寄りかかっていたランバルスは身を起こすと、改めてユイシィの方に向き直った。

「人間の寿命は短い。どんなに優秀な奴だって、そのほとんどは達成したかった目的の途半ばにして
生を全うすることになる。だからこうして、言わば『生きた証』を遺すために不完全ながら本を書いたりも
するわけだが・・・」

と、ランバルスは自身の周囲に積み上げられた本の山を見やった。

「お前たち竜はどうなんだ・・・と、ちょっと思ったのさ。」
「私たちの場合・・・ですか?」
「そうだ。竜の寿命は数百年もあるんだろう? 何かやりたいことがあったなら、大抵のことは最後まで
やりおおせるはずだよな。」
「それはまあ、そうですが・・・」
「だろう。なのに、このノートの持ち主は蘇生の術なんてものを手にしようとしていた。それも短命な
人間であるならいざ知らず、寿命に執着しなくても済むはずの竜の身でだ。・・・長命なお前たちでも、
やはり“人生は短い”と感じたり、何とかしてそれを伸ばそうと考えることがあるのか?」
「うーん・・・。」

ランバルスの問いかけに、ユイシィは眉を寄せて考え込んだ。自分が生まれて、まだ十年経っていない
のだ・・・これからの人生のことや、ましてや自らの“死”についてなど、考えたこともなかった。

「ま、竜としては生まれてまだ間もないお前に訊いても、ピンと来るものじゃなかったか。」
「申し訳ありません・・・。」
「いや、いいんだ。俺が悪かった。」

申し訳なさそうに頭を下げたユイシィに向かって、ランバルスは苦笑すると手を振った。そして、存外
真面目な表情になる。

「さっき、錬金術の話をしたよな。錬金術師と呼ばれた輩の中には、確かに詐欺師やペテン師もいた
だろう。だが、真面目に“学問”として錬金術を究めようとしていた奴だって大勢いたはずなんだ。」
「はい。」
「しかし、それにはたくさんの時間が必要だった。自身が老いたとき、そして最愛の者を喪ったとき・・・
人間である錬金術師の多くは同じ過ちを犯すことになったのさ。」
「過ち?」

不思議そうな表情で首を傾げたユイシィに向かって、遠くを見るような表情になったランバルスは・・・
やがて一言ポツリと呟いた。

「神の領域を手にしようとする行為。・・・不老不死の追求、さ。」


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