Day by day  プロローグ      3    エピローグ

 −3−

初めてクレアと出会ったときのことは、まだはっきりと覚えている。
これ程に哀しい目をした人間を、セーファスは見たことがなかった。
確かに、術の資質はあった。しかし、術士になることも、自分を預かることにしたのも・・・どこか
成り行きに任せたような感は拭えなかった。

(今度会うときは・・・竜術の資質は持たない方が良いだろうな。「竜術士」になってしまえば、魔獣どもに
狙われてまた争いに巻き込まれる可能性が高くなる・・・)

ただ、彼女の傍にいて・・・彼女の支えになりたい、と強く思った。
そんな自分の存在が、少しずつクレアを変えていったのだと信じたかった。
コーセルテルに来て五年、ようやく前向きになった彼女の体はしかし、既に限界を迎えてしまって
いたのだった。

(そうだ、今度はただの人間とただの竜・・・という形で、二人だけで暮らすのだ)

セーファスは、クレアの本当の気持ちを聞いたことがなかった。その矢先に、彼女はあっさりとこの世を
去ってしまったのだから。
そして、彼女と再会できるのはもうすぐだった。・・・目覚めた彼女から、最初に聞いておきたいのは、
自分の―――――





(何だ? 外が騒がしいな・・・)

ふと館を取り巻く喧騒に気付いたセーファスは、軽く眉を寄せると椅子から立ち上がり、部屋の隅に
設えられている窓の方へ歩み寄った。以前にも数度、人間がこの館の近くに現れたことがあった・・・
もしそうならば、光竜術で上手く誤魔化して立ち去ってもらう必要がある。

(・・・っ!!)

窓から外の様子を眺めたセーファスはその瞬間青ざめた。彼の目に飛び込んできたのは、林立する
交戦中の隣国エリオットの国旗・・・そして、館を十重二十重に取り巻くエリオットの兵士たちの姿だった
からだ。もはやいかなる光竜術を使っても、この館の存在を隠し通すことは不可能だった。

(おのれ・・・なぜ今頃になって!!)

守長候補時代に愛用した剣を掴んで階下へと階段を駆け下りながら、セーファスは心の中で毒
づいた。しばらくの間小康状態を保っていた隣国との関係は、決して好転した訳ではなかったのだ。
講和条約が検討されたとか、あるいは交渉中であるとかいう噂は彼も耳にしてはいた・・・しかし、
現実問題として今彼の目の前に敵兵がいる。それが全てだった。
守らなければならない。この館、自分自身、そして百年以上かけてやっとここまで進めてきた研究
成果。そして何より・・・彼女、クレアを。
玄関前のホールに辿り着き、彼が剣を鞘から抜き放った時・・・玄関のドアが大きな音を立てて打ち
破られた。雄叫びを上げて雪崩れ込んでくる敵兵に向かって、セーファスは駆け出した。


  *


翌日、再び館を訪れようと道を急いでいたニーディアは、いつもの丘を越えたところで手にしていた
バスケットを取り落とした。

(何かあったんだわ・・・)

普段なら光竜術によってその存在が隠蔽されているはずの館が、白日の下にその姿を晒している。
そして、よく見ると所々に遠目にも分かる破壊の跡があった。
・・・考えられる事態は一つしかなかった。
バスケットをその場に放り出したまま、ニーディアは一散に館に向かって走り出した。

(これは・・・きっと、私への罰なんだわ。そう・・・あの人の研究が完成しないことを願った私への・・・!)

溢れる涙を拭おうともせず、ニーディアは走り続けた。
通い慣れた館。その正面玄関へと回ったニーディアは、無残にも打ち破られた扉を前にして息を
呑んだ。初夏の日差しが一杯に射し込む中、玄関ホールには前回訪れたときと同じくセーファスが
倒れている・・・しかし、その体は血だらけだった。近くには鮮血に染まったセーファスの物と思しき剣が
落ちている。

「セ・・・セーファス様ぁっ!!」

悲鳴を上げてセーファスに駆け寄ったニーディアは、服が血で汚れることには委細構わずに
セーファスを抱き起こし、その手を取った。

(・・・!!)

その手からすっかり体温が失われていることを知り、ニーディアは愕然とした。・・・もう長くないのは
火を見るより明らかだった。

「・・・う・・・」
「セーファス様!? しっかり、しっかりしてください!」

出血のためか、既に光の失われた目を見開いたセーファスは虚空に手を差し伸べた。

「クレアは・・・クレアは・・・無事か?」

(・・・!!)

セーファスのこの言葉に、ニーディアはびくっと身を竦ませた。
死に行くこの最後の瞬間まで、セーファスが第一に気にするのはやはりクレアのことなのだ。そう、
百年以上をここで共に過ごした自分よりも・・・。
既に分かっていたことだった。しかし、やはり面と向かって突きつけられるには、辛すぎる現実だった。

「見て・・・きます。」

セーファスの体を静かに床に横たえたニーディアは、搾り出すように一言だけ答えると、二階の
研究室へと足を向けた。


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