カントリー・ロード  プロローグ    2      エピローグ

 −2−

「こう・・・でしょうか?」
「あーもう、何回言ったら分かるのさ! ここはこう・・・ほら、照明術あったでしょ、あれの時みたいな
感じでさ。」
「えーと、・・・うーん・・・あれ?」
「だーっ! だーかーらーっ!!」

昼食後。なかなか「光の灯玉」を作るコツをつかめないでいるココに、セトは付きっ切りになっていた。

「もう、しょうがないなあっ! 今、ラディウスさんに書いてもらった覚え書き取ってくるから、そのままに
しておきなよ。」
「はい・・・。」
「あ、トトはラルフさんが本持ってきてくれるって言ってたから、その後でね!」
「・・・分かった。」

ぱたぱたぱた・・・とセトの軽い足音が二階へと消えていった。ややあって、ココと背中合わせに座って
いたトトがぼそりと呟いた。

「不器用。」
「な・・・何ですって!?」
「術道具一つに、いつまでかかってるんだ。」
「だって初めて・・・ははーん、トトあなた、お母様を独り占めにされたと思って拗ねてるんでしょ?」
「ふん・・・。」

憤慨し立ち上がりかけたココは、途中からにやにやし始めると肘でトトをつついた。鼻を鳴らすトト・・・
と、その時当のセトが二階から忘備録を持って戻ってきた。

「お待たせー・・・あれ、どしたの?」
「いいえ、何でもありませんわ。ね、トト?」
「ふん・・・。」
「そ。ならいいけど・・・」

と、セトは忘備録を広げると再びココへの説明を始めた。

セトが八歳という考えられないような若年で暗竜術士になったのには理由があった。もともと暗竜術の
資質を持つ術士は少なく、暗竜術士は古来から途絶えがちだった。それに加えて二度の「コーセル
テル崩壊」を招いた経験から、それ以来暗竜族は他の竜族や人間との係わり合いを避ける傾向に
あり、その結果暗竜術士は実に千年以上に亘ってそのなり手がいないままだったのである。
そこへ、「天の二竜」・・・すなわち暗竜と光竜を育てることのできる強い資質を持ったセトが現れたの
である。今後二度とコーセルテルに災厄を招かないために、宇宙の彼方へ旅立つことを決めていた
暗竜一族は、セトに暗竜術士になってもらい、残していく卵を託そうと考えたのだった。このような
経緯で、セトが最初に孵した卵がトトである。
もちろん、暗竜ほどではないがやはり術士不足に悩んでいた光竜一族がこのチャンスを見逃すはずは
なく、セトを暗竜/光竜術士のどちらにするかという問題は、当時の暗竜族族長のミルシェと光竜族
族長のラディウスとの間に深刻な対立を生んだ。これは、ほぼ同じ時期に光竜族からもセトが一人
子竜を預かるということで決着した。それがココである。

このような経緯で始まったセトの竜術士としての生活は、当然苦労の連続だった。まず、先代の
竜術士がどちらも存在していなかったため、術については自分で勉強していくしかなかった・・・まさに、
子竜と一緒に術の勉強をすることになったのである。さらに、本来ならば当然受けられるはずの「里」
からの様々なサポートに関しても、暗竜一族は既にこの地を後にしてしまっていたため、特にトトの
育成は大きな困難を伴うことになった。
こんな時、セトの支えになってくれたのは地竜術士のラルフだった。二十四と年齢もセトに最も近い
彼は、生活に竜術にと何くれとなくセトの力になってくれる、言わばセトの兄のような存在なのだった。

「やあ・・・こんにちは。セト君・・・いるかい?」
「・・・!」

ココの灯玉がほぼ完成に近づいた頃、当のラルフがひょっこりと顔を見せた。見ると、手には分厚い
暗竜術関連の本が紐で縛られて十冊以上載せられている。無言でラルフを出迎えたトトが、その
様子を見て目を丸くした。その後ろから、セトも顔を出す。

「あ、ラルフさん! 待ってました〜・・・って、すっごい本! 手、疲れません?」
「はっはっは、地竜術はこういうときにでも活かさないとね。はい、トト君。」
「・・・くっ! お・・・重い!」
「トト、気合いだ気合い! それくらい持てないんじゃ補佐竜として失格だぞ!」
「あっはっはっは、ちょっと意地悪しすぎたかな?」

屈託なく笑うと、ラルフは真っ赤な顔をして必死に本を支えていたトトの手から軽々とそれを受け取って
見せた。恨みがましそうな目でトトに見られ、ちょろっと舌を出すラルフ。

「さて、頼まれてたのは暗竜術の・・・術道具関連の本だったよね。それを七冊と、あとは一応光竜の
方のも何冊か・・・」
「でも、探すの大変じゃありませんでした? 地竜術士の書庫って、ものすっごく深くて広いって聞いた
ことありますけど・・・」
「そうなんだよ、イリスについてきてもらってね、それでも昨日一日かかったな。」
「ありがとうございます!」
「いや、いいんだ。君の力になれれば僕も嬉しいしね。そうだ、イリスが作ってくれたお菓子があるから、
後でみんなで・・・」
「・・・できました!」

一人だけこの輪に加わらず、黙々と術道具作りに取り組んでいたココが大きな声を上げた。その声で
ぞろぞろと居間へ戻った一行に、ココは掌の上で輝く「光の灯玉」を誇らしげに差し出して見せた。

「お母様、見てください! とうとう一人で・・・あ痛っ!」
「だーかーらぁ、一体何回言ったら分かってくれるワケ!? 今後『お母様』は禁止! もちろん・・・」

ココを「グー」で殴りつけたセトは、ここでぐるりと背後を振り向くと、何か物言いたげな様子のトトの方を
ぎろりと睨んだ。

「『母さん』も!」
「・・・・・・。」
「ま・・・まあまあ、まずはココ君おめでとう。ほら、セト君、次はトト君の『暗色の勾玉』の番だろ?」
「あ・・・そうだったっけ。じゃトト、こっち来て。」
「ああ・・・。」

慌てて子竜たちとセトの間をとりなしたラルフは、トトと鼻を突き合わせるようにして術道具作りを教えて
いるセトの様子を眺め・・・そして感慨深そうに一度、二度と頷いた。

「それにしても・・・セト君も立派になったもんだ。もう、一人前の竜術士としてやっていけそうだね。」
「あ・・・え? もちろん、お母・・・セトは素晴らしい術士ですよ!」
「そうだね。そして、君たちも・・・まったく、君たちが僕のところのイリスよりも何年も後に孵ったなんて、
今となっては信じられないね。」
「え? そうですか?」
「そうさ。」

セトに殴られたところを痛そうにさすっていたココは、ラルフの言葉に胸を張った。
竜の成長速度はその種族や能力にもよるが、何よりも本人たちの意思の力に大きく左右される。現在
トトとココが僅か七年という短期間で成竜近くまで成長することができたのは、まだまだ若いセトを
何とかして支えようという強い気持ちの表れだった。
そして、セトもそうした子竜たちの信頼に応えようと精一杯頑張ってきた。今それが実を結びつつ
ある・・・セトがコーセルテルに来てからずっと、兄のようにその面倒を見てきたラルフにとって、それは
何よりも嬉しいことだった。

「じゃあココ君、お茶の用意でもしようか。どうやらトト君の術道具作りにはもう少しかかりそうだしね。」
「あっ、はい。では、そうしましょうか・・・」

と台所に向かう二人。
その頃、トトの「暗色の勾玉」作りは佳境に入っていた。

「よし・・・これでどうだ。」
「うん・・・いいんじゃない! さすがトト、すぐにできたね!! エライエライ!!」
「ふん・・・あいつには負けてられないからな。」
「そうだよね〜。ふふ、これがトトの作った初めての『暗色の勾玉』かぁ・・・」

セトが嬉しそうにそう言って勾玉を握り締めた瞬間、

(あれ・・・? これって、前にもどこかで・・・)

ばきん。
セトの頭の中で、何かが弾ける大きな音がした。
次の瞬間、セトの脳裏には忘れていたはずの記憶が洪水のように押し寄せる。

自分に向かって手を振り上げる女性。
自分に向かって投げつけられ、砕けた酒瓶。
相手の男性は、狂ったような目をして迫ってくる。
そして、自分に向かって崩れてくる木材の山―――――

セトは、無意識のうち床に座り込み、頭を抱えると叫んでいた。

「きゃああああああああ!」

驚いたトトがセトに駆け寄ろうとする。だが、セトはそんなトトを怯えた目で見つめ、一歩、二歩・・・と
後ずさって行った。

「こ・・・来ないで・・・」
「母さん? どうしたんだっ!」
「・・・なんで、あたしは何もわるいこと・・・してないのに!」
「しっかりしてくれ、母さん!!」
「いやっ・・・おねがい、もうぶたないで!!」

この時になって、セトのただならぬ様子に気付いたラルフとココが居間に駆け込んできた。

「トト君、どうした!?」
「分からない・・・完成した『暗色の勾玉』を見てると思ったら、急に・・・。」
「お・・・お母様!?」
「セト君、おいセト君!! 僕が分かるか!?」

大きな声で呼びかけたラルフを、トトと同じように怯えた目で見つめ、セトはいやいやをするように小さく
首を振った。そして、最後に再び絶叫し・・・そのまま床にくず折れた。

「い・・・いやああああああああ!」


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