カントリー・ロード
プロローグ
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4
エピローグ
−3−
その日を境に、セトの様子は少しずつおかしくなっていった。
夜は大きな声でうなされ、日中もことあるごとに頭を抱えてうずくまったり、半狂乱になって暴れたりする
ことが増えた。
段々と食事も喉を通らなくなり、木竜術による懸命の治療にも拘らず、一週間が過ぎた頃にはセトは
ベッドから出ることができない状態になっていた。日中もほとんど意識はなく、たまに目を覚ますと
枕元のココやトトに向かって「ここはどこ、家に帰して・・・」と涙ながらに訴えるのであった。
数日後、セトの見舞いに訪れその様子を目の当たりにしたラルフは、補佐竜二人を別室に呼んだ。
「あの・・・話って何でしょうか?」
「うん・・・実はセト君のことなんだ。」
「・・・・・・。」
話がセトのことらしいと分かり、緊張した面持ちになる二人。
「さっきの様子を見て、僕にはセト君が寝込んだ理由が分かったんだ。」
「え!? 本当ですか!?」
「うん。木竜術の手当てでも良くならないところを見ると、あれは多分精神的なもの・・・そうだね、平たく
言うとセト君は『ホームシック』になってるんだと思う。」
「ホームシック・・・?」
「そうだよ。セト君は強い子だから・・・今になってこれまでの無理が一気に出たのかもしれないね。」
ありふれた病名を聞いて、何となく安堵した表情で顔を見合わせる二人。ラルフはそんな二人に
向かって指を振って見せた。
「だけど、これを甘く見ちゃいけない。人間の心の問題は奥が深くて、まだ良く分かっていないことが
多いんだ。『病は気から』という諺があるけど、これはまさにそれだね・・・下手をすると、これで命を
落とすことになるかもしれない。」
「まさか・・・」
「今のセト君の状態を見てもそう言えるのかい?」
セトの寝ている部屋の方をちらりと見やる三人。ベッドの中のセトの頬はげっそりと落ち窪み、時々
うわ言を呟くその様子はラルフの言葉を裏付けていた。
「で・・・でも、原因が分かったんだから治療だって。ホームシックなら、一度故郷に帰ってもらえば・・・」
「その通りだ。ただ、問題が二つある。」
「問題?」
ラルフの何気ない一言に、トトは眉を上げた。ラルフはトトの言葉にすぐには応えずに、後ろで手を
組むと窓の方へ歩み寄り・・・そして振り向いた。
「君たち、おかしいと思ったことはないかい? セト君が術士にしては若すぎると。」
「え・・・?」
「卵から孵ったときのことを考えてみるといい。あの時、セト君は君たちを抱き上げるのもままならない
小さな女の子だったはずだ。」
「確かにそうだった・・・だが、それと何か関係が?」
トトの問いかけに、ラルフは遠い目になった。
「僕たち竜術士が、このコーセルテルにきた理由は様々だ。愛する人との死別、戦争、自然災害・・・
色々あるけど、ほとんどの人は外の世界に帰る場所はない。そして、自力でこのコーセルテルを取り
巻く山々を越えてきた人ばかりなんだ。」
「ラルフさんも?」
「もちろん、僕だってそうさ。だが、セト君にはそれが両方とも当てはまらない。・・・セト君がコーセル
テルに来た経緯を聞いたことは?」
「・・・私はありません。」
「おれは知ってる。」
「え!?」
トトの意外な言葉にびっくりするココ。ラルフはその様子を見て頷いた。
「だろうね。セト君をここに連れてきたのはミルシェさんなんだ。そう、最後の暗竜族族長のね。」
「トトの・・・本当のお母様?」
「おれの母さんは、セトだけだ。」
「まあ、『生みの親より育ての親』と言うしね。」
憮然として呟くトトと、それをとりなすラルフ。
「セト君がミルシェさんに連れられてコーセルテルにやってきたのは、確か七年前のことだ。ミルシェ
さんによると、セト君は里での子竜たちの術の練習中に、突然同調術でこちらへ転移してきたらしい。
理由は分からないけど、『暗色の勾玉』を持っていたそうだから・・・あるいは、無意識のうちに暗竜術を
使っていたのかもしれないね。」
「・・・・・・。」
「ただ、その時セト君はひどい怪我をしていて、回復した後も以前のことはほとんど覚えていなかったん
だそうだ。それで、ここでさっき僕が言った『問題』が出てくる・・・一つ目は、誰もセト君の故郷を
知らないということさ。」
「え・・・? その、暗竜族の族長様もですか?」
「いや、それは分からない。ミルシェさんは何も言わなかったし、僕らも聞かなかったからね。暗竜族は
もうこの地にはトト君しかいないし、今となってはセト君に聞くわけにもいかないが・・・」
ここまでゆっくりと言ったラルフは、トトの方をじっと見つめた。
「・・・トト君、君は知ってるんじゃないのかい?」
「・・・・・・。」
トトは無言で頷いた。
「え・・・? どうしてあなたが・・・」
「母さんが話しているのを、卵のときに聞いた。」
「そうか、それなら話は早い。」
だが、ラルフはそこまで言うと口を噤んでしまった。
*
「あの・・・じゃあ、もう一つの『問題』って?」
「うん・・・。」
しばらくして、再び口火を切ったのはココだった。ココの問いに頷いたラルフは、再び窓の前に立つと
外を眺めた。
「君たちは、今このコーセルテルに人間が何人いるか知ってるかい?」
「え? えーと・・・確か、お母様を入れて7人ではなかったですか?」
「その通りだ。そして、その全てが竜術士かその見習いなんだ。」
「・・・何が言いたい。」
ラルフの持って回った言い方に焦れるトト。だが、ラルフはそんなトトの反応に頓着せず言葉を続ける。
「では、竜術士にならない人間はどうなるのか。答えは簡単だ・・・コーセルテルの外へ追放されるのさ。
記憶を消された状態でね・・・」
「記憶を消す?」
「うん。ここに来た人たちがみんな悪い人だとは思わないけど、竜を狙ってコーセルテルを探している
人たちにここのことはなるべく知られたくないからね。」
「でも、それとお母様にどんな・・・まさか!!」
最悪のケースを考えて青ざめるココ。だが、ラルフはにべもなく頷いた。
「そう。もしセト君を故郷に帰す場合は・・・あの子の記憶を消さなければならなくなる。二つ目の問題と
いうのは・・・それのことさ。」
「でも、でもっ・・・他の竜術士の方々は、引退された後里の近くに住むって・・・」
「しかし、それはあくまで竜術士としての任を終え、納得した上でのこと。今回のセト君のケースは
それには当てはまらない。」
「そんな・・・じゃあ、もしお母様を故郷に帰したら・・・」
「ああ・・・二度と会えなくなるだろうね。」
「そんな・・・ことって・・・」
あまりの衝撃に呆然となる二人。その様子を気の毒そうに眺めながら、ラルフは帰り支度を始めた。
「これは、次の寄り合いで話し合うことになると思うけど、多分僕が今言った結論になると思う。苦しんで
いるあの子をそのままコーセルテルに留めるのか、それとも全てを忘れた状態で故郷に帰らせるの
か・・・その判断は君たちに任せるよ。僕は、具体的な方法を調べておくから、覚悟が決まったら僕の
家まで来たまえ。」