カントリー・ロード  プロローグ          エピローグ

 −エピローグ−

気が付くと、セトは見覚えのある通りに立っていた。
目の前には見上げるような坂。どこからともなく、潮の香りが漂ってくる。

(・・・?)

見たこともない異国の衣服。無意識のうちにそのポケットに手を入れたセトは、中に入っていたものを
見て首を傾げた。
右のポケットには深い紫色の勾玉。そして左のポケットには淡い乳白色の小さな玉。・・・なぜ自分が
こんなものを持っているのかは分からなかったが、セトにはなぜかそれが温かく、そしてとても懐かしい
もののように感じられた。

(そうだ、家に・・・帰らなくちゃ)

両手にそれを握り締め、初めはゆっくりと・・・そして次第に早足に。セトは丘の上を目指して歩き
始めた。途中で左側の家並みは途絶え、ふと顔を上げた彼女の目に青いものが映る。

(海・・・)

何だか、久しぶりに見たような気がする。

(変ね・・・ずっとここで暮らしていたはずなのに・・・)

「あら、あれサザーランドさんの奥さんじゃない。よく続くわよね。」

見渡す限りの海原に圧倒され、その場に立ち尽くしていたセトはその声に振り向いた。見ると、近所の
主婦とおぼしき二人が、丘の上を見上げながら立ち話をしているところだった。連られてセトも丘の上を
見る。
すると、ちょうど丘のてっぺんにある家の前に一人の女性が立っているのが目に入った。

「もう七年になるのかしらね・・・娘さんがいなくなってから。」
「ああやって・・・毎日朝から晩まで、家の前で帰りを待っているんでしょ? 昔はよく娘さんに手を
あげたりしたって聞いたけど・・・」
「なかなかできるものじゃないわよね。あーあ、ウチの旦那も、あたしがいなくなったらああいう風に・・・」
「はっはっは、そりゃ無理だわ。」

途中から、二人の会話はセトの耳には入らなくなっていた。

「母さん!」

丘を駆け上りながら、セトは声を限りに叫んでいた。その声に、門の前にいたセトの母は驚いた顔をし
・・・次の瞬間、涙ながらに微笑んだのだった。


  *


「・・・というわけでね、私の竜術士は故郷に帰ってしまったの。」
「ふーん・・・。」
「でも、仕方ないよね。お父さんやお母さんに会いたいって、分かるもん。」
「そうね・・・。」

様々な感想を漏らす子竜たちに囲まれて、ココは静かに微笑んだ。

「ココ様、その竜術士はどんな方だったんです?」
「そうね・・・」

ココは、胸元から一枚の写真を取り出した。そこには、小柄な人間を挟んで光竜と暗竜が写っていた。
真ん中の人間は大きなピースサインをし、そしてどの顔にも零れんばかりの笑顔が溢れている。

「これ・・・ココ様ですよね。じゃあ、この方が・・・」
「そうよ。これが私の『お母様』。そして、こっちが『お兄様』ね。」
「へぇ・・・。」
「この方は、今どちらに・・・?」

ココは、遠い目になって空を振り仰いだ。その視線の先・・・暗い星空の彼方には、かつて彼女が長い
時を過ごした青い星があった。

「そうね・・・遠い、遠いところにね・・・。」


  *


トトは、コーセルテル外縁の崖の上にいた。視線は遠く、コーセルテルを囲む山々の先に向けられて
いる・・・そう、かつてセトがしていたように。

「本当に、良かったのかい?」
「ああ。・・・勧めたのはあんただろう?」
「まあ、そうだけど・・・。」

背後からかけられた声に、振り向きもせずに答えるトト。ラルフは、決まり悪そうに続けた。

「僕だって、あんなことをさせたくはなかった。でも、分かってくれ・・・コーセルテルを守っていくには、
必要なことだったんだ。」
「・・・・・・。」
「頼むから、コーセルテルを崩壊させたりしないでくれよ。」
「・・・その気なら、とっくにやっている。」
「はは・・・そうだったね。」

苦笑いするラルフに向かって、ふっと笑ったトトは再び遠くの山並みに目をやった。
今このコーセルテルには、自分の弟妹になるはずの大事な卵がある。そして、かつて自分を育てて
くれた術士や妹竜と過ごした、思い出のたくさん詰まった家も。
崩壊させたりなどするものか。

「寿命が長くて良かったと思ったのは・・・初めてだな。」
「え? 何か言ったかい?」
「いや・・・。」

(ココ・・・おまえも、そう思っているんだろう・・・?)

母さんは、この同じ空の下にいる。いつか・・・何かの折に、会えるかもしれない。
今の自分には、それだけでいい。

トトは抜けるような青空を振り仰ぎ、・・・太陽の光に目を細めると、にっこりと微笑んだのだった。


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