ずっとそばに  プロローグ      3    エピローグ

 −3−

こうして、ステラが再びやってきたのは三日後の夜だった。
今回ステラは一人の長身の男性を伴っていた。ノアと同じ水色の髪に、角と大きな耳。そう、彼もまた
竜だったのだ。
見かけは壮年のその男性は、怯えてフェルテの腰にしがみ付いていたノアにちらりと目をやると、
フェルテに向かって僅かに頭を下げ、淡々と切り出した。

「我が名はエルドリュー。現在、水竜一族の族長を務めている者。今宵は、そなたがノアと呼んでいる
水竜を引き取りに参った。」
「ちょっと待ってよ、勝手に決めないで!! ステラさんには、『よく相談して』って言われて・・・」
「選択の余地はない。そなたの元では、その子は幸せにはなれぬ。」
「何ですって!?」
「ちょっとエルド。そんな言い方はないんじゃない?」

あまりのエルドリューの威圧的な物言いに、顔を真っ赤にするフェルテ。その場の険悪な雰囲気に、
見かねたステラがとりなす様に口を挟んだ。

「水竜であるあなたらしくもないわ。それに、この人はミランダの娘さんなのよ・・・事情を聞く権利
くらいはあると思うわ。」
「仕方あるまい。順を追って説明しよう・・・結果は変わらぬと思うがな。では、こちらへ来て貰おう。」
「いいわ、じっくりと聞かせてもらうわよ!!」
「フェルテ・・・」

フェルテは部屋を出かけ、その入り口で振り返るとノアに笑いかけた。

「大丈夫よ、待っててね。・・・あんたを連れて行かせたりするもんですか!!」


  *


「一体、どういうことなのよ! 今更勝手に押しかけて来て、ノアを連れて行くんですって!? そんな
勝手なこと、絶対にさせないから!!」

隣の部屋に入ったフェルテは、両手を腰に当てると後からやって来たエルドリューを睨み付けた。
だが、そんなフェルテの様子に頓着することなくエルドリューは淡々と答えた。

「それについては、済まなく思っている。だが、分かって欲しい・・・これがそなたとあの子の為でも
あるのだ。」
「あたしと・・・ノアのためですって!? どうしてそうなるのか、ちゃんと説明して!!」
「良いだろう。私はそもそもその為にここへ来たのだからな。」

頷いたエルドリューは、フェルテの目をじっと見つめると静かに話し始めた。

「竜というのは、人間と同じく生まれた時は何も出来ぬ存在だ。もちろん、力は生まれた時から既に
備えている・・・だが、それを使いこなせるようになるには、然るべき術士や同族からその扱いを
学ばねばならぬ。」
「それは、分かるけど。」
「だが、そなたは竜術士ではない。当然、竜術を教えることなど出来ぬ・・・このままでは、あの子は
竜としては卵も同然のままとなる。それは、あの子にとっても不幸なことであろう・・・」
「だから、連れてってこっちで面倒見ます、ってわけ? ノアの気持ちはどうなるのよ!」

浮かんだ当然の疑問をぶつけるフェルテ。だが、エルドリューはあたかもそれが聞こえなかったかの
ように話を続けた。

「そして、あの子の場合は他にも問題があるのだ。そなたはあの子のことを“ノア”と呼んでいるが、
これはそなたが命名したものだな?」
「そうよ! それが何か?」
「恐らく、ミランダが持ち帰った竜術書を読んでの所業と思うが、それにはこう書かれていた筈だ・・・
『竜人化の際は、資質の合った者による命名が必要である』とな。」
「だ・・・だからどうしたのよ!」
「残念だが、そなたに水竜術士としての素質はない。よって、そなたに水竜であるあの子を育てることは
もとより、命名もそもそも不可能なのだ。」

にべもなくエルドリューにこう宣言され、フェルテはびっくりした表情になった。

「そんな! だって、ノアはちゃんと人間の格好をしてるし、竜としての力だって・・・」
「無論、どの属性についても全く竜術の資質がない・・・という人間は滅多におらぬ。現にそなたにも、
ほんの僅かだが水の資質がある。だが、その程度の資質の人間に命名されてしまっては、あの子は
人の姿を保っているのがやっとであったろうな。」
「そんな・・・」
「また、竜の力というのは恐らくそなたが考えているようなものではない。我等の力は、優秀な竜術士に
引き出された場合、比喩でなく天を裂き地を割ることが出来る程のもの。水竜であれば、この海岸
見渡す限りの海底を露出させることも出来るであろうな。」
「・・・・・・。」
「あの子が、少しでも良い・・・そうした術を使ったことがあったか? ステラから大体の話は聞いたが、
恐らくあの子に出来たのは雨の予知くらいのものであったろう。これは水竜に元から備わっている力で
あり、意識しなくても出来ることだからな。」

まさか、自分のせいでノアが苦しんでいたなんて・・・。フェルテの心の中に、少しずつ慙愧の思いが
湧き上がってきていた・・・だが、まだ納得はできなかった。
しばらくの間黙っていたフェルテは、エルドリューを睨むと再び口を開いた。

「じゃあ、今になってここに来たのはどういうわけなのよ! 母さんが死んだときに来てくれてれば、
こんなことにはならなかったのに!」
「もっともな話だ・・・無論、出来ればそうしていただろう。」

意外にも、エルドリューはあっさりと頷いた。

「我等竜の数は決して多くは無い・・・普通であれば、次世代を担う卵は一族全体で守る対象となる為、
それが産まれた場合は必ず族長である私の元に届けがある筈なのだ。だが、なぜかあの卵に
ついてはそうした報告が無かった。ステラから話を聞いて調べてみたが、親竜として名乗り出た者は
おらぬ・・・どうやら、あの子は捨て子のようなのだ。」
「なんですって!」
「恐らく、故郷に戻ることになったミランダがまだ卵だったあの子を見つけたのだろう。そのままに
するのも忍びなく、故郷に連れ帰ってしまった・・・というのが本当の所なのであろうな。」
「・・・そうだったの。」

言われてみれば、相手の言い分にももっともな部分がある。もし、ノアとまた会えるなら・・・里に
帰すのを考えてみてもいいかも知れない。話を聞きながら、フェルテは段々とそのようなことを
考えるようになっていた。


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